第57話
厚木莉久を調べてくれたタツヤから連絡が入ったのは、鹿野動物病院から署へ戻る電車の中だった。
ラインにびっしりと書かれた調査の結果は、素人仕事とは思えない綿密さだった。
具同はタツヤを見た目だけで雇ったのではないと確信する。
厚木莉久は、この秋のはじめ、伊豆の日帰り登山にガイドとして同行し、遭難して死亡している。登山客の中にいたのは、津村さくらだ。
タツヤに頼んだのは、厚木莉久の自宅へ行き、事故前後の話を聞いてくることだったが、ラインを読む限り、タツヤは期待以上の調査をしてくれていた。
まずは、莉久の自宅で母親から話を聞き、母親から教えてもらった友人たちにも連絡を取っている。
その中で、瀬田の元カノにも会ったようだ。
タツヤは調べた事実を並べていたが、特に津村さくらに関係のありそうな事柄はなかった。不審な人物との接触があったわけでもなし、事故前後に、莉久の行動に変わったところもないとのことだった。
関係者の悲しみは、深く重いと書かれている。
莉久は三十四歳だった。母親の嘆きは想像を絶するものがあるだろう。
タツヤは、事故当時、ツアーに参加していた登山者にも会っている。ツアー会社が登山者の名前を教えてくれるとは思えない。どうやって知ったのか、あとで訊く必要がある。
ただ、ツアー客からは、何ら新しい情報は得られなかった。誰もが、避けられなかった不慮の事故と認識しているようだ。
乗り換えのために電車を降りてすぐ、神楽はタツヤに電話をした。けだるい声で電話に出たタツヤは、相手が神楽とわかると、
「僕からも電話をしようと思っていたんです」
と、声のトーンが変わった。
駅の雑踏の中、神楽は声を張り上げて、まずは厚木莉久を調査してくれたことへの礼を述べた。
「いいんです。それより、あんまり大した結果が得られなくて」
「そんなものよ。そう簡単にはいかない」
「印象としては、ただの事故ですね」
「やっぱり、そう?」
「はい。足を滑らせた莉久はそのまま沢へ落ちてしまったらしいんですが、それを津村さくらが計画するのは無理だったと思います」
「でも、津村さくらは現場にいたのよ」
「ええ、またしてもです。だから、莉久と津村さくらの接点はないか探ってみたんですが、これといって何も」
ため息まじりに頷いた神楽だったが、接点はあるはずだという確証は揺らがない。
「そういえば」
タツヤが続けた。
「神楽さんの同僚の瀬田さんの、元カノにも話を聞きました」
「恵さん?」
「そうです。何も新しい話はきけませんでしたけど」
黙ってしまった神楽に、タツヤが、
「あの――どうかしましたか?」
「なんでもないの」
恵に会ったとき、瀬田が誰を想っているのか訊かれた。あのときはわけが分からず聞き流したが、昨日の今日は、引っ掛かる。瀬田の心を、恵はわかっていたのだ。
だが、今は、そんなことは後回しだ。神楽は頭を切り替えた。
「ねえ、厚木莉久の身辺で、茨城と水戸、そしてペットって言葉は聞かなかった?」
「茨城県の茨城ですか?」
「そう。水戸市の水戸。それから猫や犬」
うーんとタツヤは考えてから、
「聞かなかったですね。厚木莉久の住所は神奈川の海老名ですし――。あ、聞いたとすれば」
そう言ってから、タツヤはえっとと記憶を辿ったのか、一人呟く。
「確か言ってなかったけな。元カノの恵さんが」
「彼女がなんて?」
「会社勤めのとき、通っていたフレンチレストランのオーナーが、水戸の人だと」
「それで?」
恵と会ったとき、フレンチレストランの話は聞いたような気がする。だが、オーナーのことまでは憶えていない。
多分、恵は話さなかったのだ。タツヤの会話術によって、恵はつらつらとしゃべったんだろう。
「そのオーナー、大型犬を飼ってましてね。そうだ。思い出した。水戸の郊外で菜園を持ってるらしくて、その菜園の手入れをする傍ら、大型犬を遊ばせてくるんだと、そんな話でした」
出てきた! ここにも茨城とペットに関係する人物がいる。
そしてタツヤは、重要な手がかりをくれた。
「厚木莉久と元カノ、その菜園に遊びに行ったことがるそうですよ」
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