第55話

 鹿野動物病院の院長が持ってきた情報は、発見された男の名前と年齢、そして、あのマンションとの関わりだった。


 見つかった変死体は、男性であることしかわかっていない。

 事件性がなければ、詳しい捜査もなされない。

 だが、身内と名乗る人物が現れてくれたおかげで、大きな進展がのぞめる。


「私の従兄弟であるなら、名前は、堤剛一つつみ こういちといいます。年齢は、私より七歳下ですから、五十二歳です」

 鹿野院長は、沈んだ表情で言った。

「なぜ、発見されたのが、身内の方だと思ったんですか」

 佐々が訊いた。


「今朝のネットのニュースで、あっと思いました。横浜の中区の末広町という住所と、マンションの白い外観で……」

「従兄弟だということですが、頻繁に会っていたんですか」

 神楽は訊きながら、メモを取る。


「三年ほど前から、音信不通になっていました。実は、金銭問題でちょっと揉めまして。それ依頼、絶縁のような状態でした。あんまり自慢できるような男ではなかったんです。あのマンションも女性のところに転がりこんでるみたいな話で、その女性の写真を見せられましてね。その女性の背後に写っていたマンションが、今朝、ネットのニュースで見たものと同じなんじゃないかと。で、住所を見直すと、やはり、あいつが住んでいたマンションだと思いました」


 くだんのマンションは、白いタイル貼りの、よくある外観だ。

 その写真だけで、知っているマンションだとわかるものだろうか。

 マンションの写真と書いた横に、?マークを付けたとき、鹿野院長が神楽の疑問を解いてくれた。


「「ラーメンの店の幟があったでしょう?」

 そういえば、あのマンションの一階には、ラーメン店が入っている。

「真っ赤な幟で激辛!と書かれてあった。あれを見て思い出したんですよ」

「なるほど」

 佐々が呟いた。派手な幟だ。あれなら忘れないだろう。


「何か、剛一だとわかる所持品というか、何かありませんか。それを見れば判断できると」

 当然の申し出だろう。

 だが――。


「それが、遺体はベッドの上で見つかったんですが、ほぼ、衣服などは元の状態を保っていない状況で」

 佐々が言いにくそうに告げる。


「それは――どういうことですか」

「腐敗が酷いということです」

 絶句した鹿野院長が、佐々と神楽を交互に見る。

「殺されたんですか、剛一は」

 鹿野院長の目が血走る。

「いえ、それはまだ。自殺という線も大いにあります。骨に特別傷つけられた痕は見当たりません」


「自殺……」

 鹿野院長は俯いた。

「同居していたと思われる女性ですが――」

 佐々が事務的に続けた。

 いつものとこながら、被害者の身内に質問するのは、嫌な仕事だ。神楽もメモ取りに集中する。

「マンションの名義は別の男性になっており、同居女性ではないようです。何か、この女性についてご存知ありませんか」


「ちょっと待ってください」

 鹿野院長が顔を上げた。

「ということは、二人して、その部屋を借りていたということですか」

「借りていた形跡もありません。不法侵入していたようです」

「え」

 鹿野院長の目が大きく見開かれた。



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