第54話

「これからその身内が署に来てくれる」

 そうですかと、神楽は沈んだ声で応えた。

「悪いな。せっかく休んでいるところを」

 沈んでしまったのは、休みだったからじゃない。


 ふと、瀬谷と目が合った。さっきまでと違い、もう、いつもの瀬谷に戻っている。

 

 神楽も気持ちを立て直した。

「身内というのは――」

 そもそも、なぜ、自分の身内だとわかったのか。

「大森で動物病院をやってる医師で――」

「動物病院? 大森で?」

 問い返した神楽の様子に、瀬谷も目を光らす。


「なんていう動物病院なんですか」

「鹿野動物病院。大森の駅前にあるらしいんだが」


「――どうして」

 そのまま絶句した神楽に、佐々が不審げに訊いてきた。

「知り合いなのか?」

「ええ、いえ――なんというか」

 佐々に津村さくらについて調べているとは言えない。


「すぐ向かいます」

 神楽はそう言って電話を終えた。


「何かあったのか?」

と、瀬谷が訊いてきた。ざっと、中区のマンションで見つかった変死体の説明をする。


「その変死体の身元がわかりそうだってことだな。それを確かめに来るのが、偶然にも鹿野動物病院の院長ってわけか」

「そうなの。信じられない」

「ま、こんな偶然もあるかもしれない」

「そうね。変死体は津村さくらと関係ないんだし」


「そう言い切れるのか?」

「まさか。津村さくらとは手口が違う」

「そうだな。津村さくらが殺していたのなら、マンションに隠しておくなんてことはしないはずだ」

「でも、先輩には津村さくらのことは言えないから、署に着くまでに院長を知っている理由を考えないと」

「そうだな」


「行かなきゃ」

 スマホをリュックサックにしまい、神楽は立ち上がった。


「ごちそうさま」

笑顔で言ったつもりだったが、ぎこちない表情になってしまった。

「ああ、またな」

そう返した瀬谷の目に、神楽は後ろ髪を引かれる思いにかられたが、そのまま靴を履いた。

 行かなくちゃならない。

 これが自分の仕事なのだ。


 署には、こんな時間だというのに、煌々と明かりが点いていた。さすがに一階のエントランスに巡査はいなかったが、佐々の待つフロアには、数人の警察官がいる。

 その中に、見覚えのある一般人がいた。

 鹿野動物病院の院長だ。


「あ、あなたは」

 神楽に気づいた鹿野院長が、目を丸くしている。

 近寄って、神楽は頭を下げた。


「先日はありがとうございました」

「警察の方だったんですか」

「お伝えできなくて申し訳ありません。でも、この前お訪ねしたのは個人的な理由で、警察官としてではないんです」

「そうなんですか」

「できれば内密にしていただけると」

 瞬間、意外そうな目になった鹿野院長だったが、すぐさま了解してくれた。


「構いませんよ。尾美とわたしの身内はなんのつながりもないんですから」

 ありがとうございますと、神楽はふたたび頭を下げた。





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