第51話

「そうだな。俺も津村さくらだと思う」

「具同さんが津村さくらについて調べていると、雨宮は知ったのね。それで警告してきた。津村さくらは、自分の犯行を知られている雨宮を消した……」


「恐ろしい女だよな」

 瀬谷が呟いたとき、ちょうど駅まで来た。


 時間が遅いというのに、駅にも観光客らしき女性の姿が目立った。同じ女性でも、津村さくらとは大違いだ。どの女性も、自分を美しく見せよう、目立たせようとしている気がする。

 反対に、津村さくらは、ひっそりと影のようにして生きている。いったい、なぜ、人を消すなどという犯行に走ったのか。


「動機はなんなんだろうな」

 神楽の考えを読んだかのように、瀬谷が呟く。

「羽根木俊太、尾美義昭、厚木莉久、そして雨宮林穂も消したのかもしれない。そこまでする動機は――」


 四人につながりはない。雨宮林穂は、津村さくらの知り合いだったようだが、それも、もしかすると、三人を殺すために利用されただけなのかもしれない。


「三人とも、人から恨みを持たれるような人たちじゃないし」

「そうだな。ということは」

 瀬谷は改札前の人の行き来を眺める。

「もしかすると、津村さくらはただの刺客なのかもしれない」


「え」

 刺客という言葉が、妙に馬鹿馬鹿しかった。


「殺し屋ってこと?」

 殺し屋という響きも、じゅうぶん現実離れしている。


「お互い警察官だよね? そんなこと信じられる?」

 映画や小説の話ではないのだ。

「そうとでも考えなきゃ、こんなに敏速に動いて人殺しができるか?」

「プロだっていうの?」

 冗談めかして応えたが、神楽自身、何度もその疑いを持っていた。


「鮮やかすぎるよ、手口が」

 瀬谷は真剣な表情だ。

「待って、やっぱり有り得ない、そんな考え。殺しのプロが、若い女性だなんて」


「津村さくらを徹底的に調べられたらな」

 それは神楽も同意見だった。だが、一旦逃してしまった津村さくらの行方は杳としてわからない。


 だから、まわりから攻めていくしかないのだ。正当防衛の果てに消された三人と、雨宮林穂から、津村さくらにつながる線を見つけなくては。


「俺は水戸の警察署になんとかツテを探して、雨宮林穂が溺死したときの様子を探ってみる」

「ありがと」

 神楽の口から、素直にお礼の言葉が出た。まさか、瀬谷がこんなに協力してくれるとは思ってもみなかった。どれだけ助かったかしれない。


「いいんだよ。おまえ一人じゃ、多分、無理」

「しっつれいね。同期なんですけど、一応」

 神楽は膨れた顔をしてみせた。正直、一人ではここまでスムーズに調べることはできなかったと思う。

 今は、まだ、警察組織の中でどちらが上ということはない。だが、そのうち、はっきりする。瀬谷が先に昇進するか、それとも自分が抜きんでるか。


 神楽は瀬谷に負けるとは思っていない。今回のことで、ほんの少し自信が揺らいだが。だが、まだ挽回できる。


「ルリタテハのタツヤが厚木莉久を調べてくれるし、あたしは尾美の線をもう少したどってみる」

 どこかに、殺された三人のつながりが見つかれば。そしてそのつながりが、津村さくらへと続けば。


「お、もう、十時か」

 腕の時計を見て、瀬谷が呟く。

「おまえ、腹、減ってない?」

 そういえば、スナック・ミミでは何も口にしなかった。

 

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