第50話

「釣りに行く二週間ぐらい前だったかしら。ここで――」

「そのかわいらしい女の子って」

 

 津村さくらだ。

 神楽が目を剥いて身を乗り出したのを、ママは怪訝な表情で見返す。


「どんな女の子だったんです? 年は? 見た目はどんな感じ? 話の内容は聞きました?」

「おい、矢継ぎ早に訊くな!」

 瀬田に肩を押された。瀬田がママに顔を戻す。


「雨宮さんは、この店で若い女の子と知り合ったんですね?」

 ママが頷いた。

「意気投合しちゃってね、すごく楽しそうだったわ。めずらしいのよ、女の子がうちの店に入ってくるなんてね。オジサンたちしか似合わなそうな古臭い店でしょ?」

 ママはカラカラと笑う。

「だから、あたし、訊いたのよ、どうしてここに入って来たのって。そしたら、昭和の時代に憧れてるんですって。それで、いかにもって店を見つけては入るんだって言ってたわ」


「で、いくつぐらいの子でした?」

 瀬谷が続けて訊いた。

「そうね。二十代の前半、もしくはもうちょっと上かしら」

「見た目は?」

 神楽がママを見据える。

「見た目って――よく憶えてないわ」

「なんでもいいんです。大柄だったか小柄だったか、髪は長かったとか短かったとか、目が大きかったとか小さかったとか」

「そう言われてもねえ」

 そしてママは、申し訳なさそうに、首を傾げる。


「ごく普通の女の子だったのよ。どこにでもいそうな、普通の子。多分、学生さんじゃなくて働いているんだと思うけど、ほかに気づいたことなんかないのよ。とにかく、なんの特徴もない子だった気がするわ。美人でもないし、特に不細工だとか太ってるとか痩せてるとか、そういうのも記憶にないし。一度見ただけじゃ、普通、あの子のことは憶えられないんじゃないかしら」


「――津村さくらだ」

 神楽は低く呟いた。何の特徴もなく、ごく普通の二十代の女。おそらく、津村さくらはあえてそういう雰囲気を纏っている。


 津村さくらは狙ってここに来たのだ。雨宮林穂と話をするために。


「雨宮さんはその女の子が会ったのは、一度だけですか?」

 瀬谷に訊かれて、ママは首を振った。

「あの子が来たのは――そうね、三回は来たわね。そのたび、アメちゃんと飲んでたわ。安心して見てたのよ。アメちゃん、女に興味がないでしょう? だからナンパはしないだろうって。といっても、ナンパする年じゃないだろうけど」

 ママは笑ったが、神楽も瀬谷も笑えなかった。


 津村さくらはどうやって雨宮の興味を惹き、そして、水戸まで行かせたのだろう。

 釣りにいっしょに行きたいなどと言ったのだろうか。それがいちばん考えられる。

 ママが話を聞いていれば。

 だが、それは無理な注文だ。客同士の会話を盗み聞きするほど野暮じゃないだろう。


「あ、ちょっと待って」

 ママが指先を唇に当てて、呟いた。

「さっきは二人がここで知り合ったみたいに言ったけど――違うかもしれない」

「え?」

 神楽は顔を上げた。

「今、思い出したんだけどね。二人で知り合いの誰かの話をしていたと思うわ」

「知り合いの誰か? 名前は訊きましたか?」

 瀬谷の問いに、ママは、

「それは思い出せない。でも、アメちゃんが、懐かしいなあなんて言ってたから」

と、煙草を取り出して火を点けた。



「津村さくらに、間違いないと思う」

 スナック・ミミを出た神楽は、横を歩く瀬谷に言った。

 


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