第49話

 タツヤが言ったように、一刻を争う事態だ。

 神楽はそう思う。何かの理由で消された三人以外に、事情を知っていると思われる雨宮までいなくなってしまった。

 

 ということはだ。

 雨宮が脅してきた相手――具同にも危険が迫っていると言える。


 翌日、七時過ぎに署を出て、瀬田と落ち合った。雨宮の唯一の連絡先として名前があった、大久保のスナックのママに会うためだ。


 大久保駅から五分ほど歩いた細い路地に、その店はあった。路地には韓国関係の店が並び、観光客らしき女性たちで賑わっている。

 スナック・ミミ。

 古めかしい名前が記された看板が、小さく出ている。


 店内は、カウンターだけの狭い店だった。 

 まだ早い時間だからか、それともいつものことなのか、客はかなり年のいった男性客が一人。

 

 ママは六十代半ばと思われる、美人とは言えないが、目と目が離れた顔に愛嬌のある人の好さそうな人物だった。小太りの身体を狭いカウンターの中で動かしながら、何やらジュージュー音を立てて料理を作っている。


 飲み物を注文したあと、雨宮の知り合いだというと、ちょっとだけ表情を暗くして、話をすすめてくれた。

「警察から電話があったときは、ほんとにびっくりしたのよ。あたししか連絡先がわからないってどういうことって不思議に思っちゃった」

「自動車免許証を見たはずですよね、警察は」

「それがね、全部流されちゃってたみたいで、車に残してたジャケットの上着にうちの名刺があったみたいなの。それで、風体を訊かれて、ああ、それなら雨宮さんだってわかった」

 身分を証明する類のものは流されてしまったのか、何者かが持ち去ったか。


「ここの常連さんだったとか」

 瀬田が訊くと、ママは大きく頷いて、

「そう。週に二度は来てくれてたわね」

それ以上の関係はなかったのだろうか。やんわりと尋ねると、

「ないない」

と明るく片手を顔の前で振って否定した。

「アメちゃん、女には基本、興味ないから」

 雨宮だから、アメちゃんと呼んでいたようだ。

 そして、クスっと笑ってから続けた。

「ていうか、もう、どっちにも興味を失くしてたんじゃない?」

 雨宮の年齢は、七十五歳。後期高齢者だ。


「一人で釣りに行くのは、よくあることだったんですか」

 神楽が訊いた。

「そうね。年だからやめなさいって注意してたのよ。もう、車の運転だって危ない年なんだからって」

「なんで、水戸の川へ行ったのかはわかりますか」

 瀬田の質問に、ママはぽっちゃりした首を傾げる。

「なんでって。そうねえ、遠いのに」

「以前にも水戸に釣りに行ったことがあると聞いた憶えはありますか」

 神楽も尋ねる。

「――ない。でも、ほら、アメちゃん、水戸には昔住んだことがあるって言ってたから」「住んでた?」

 神楽が驚くと、ママは目を細める。

「聞いたことがあるもの。でも、ちょっとの間だけだったみたいだけど」

「いつ頃のことかわかりますか」

と、瀬田。

「さあ。でもかなり前よ。ああ、そうだ。水戸にいるとき、なんとかっていう歌手のコンサートに行ったんだって自慢してたわね」

 思い出してくれないだろうか。そこから、雨宮が水戸にいたのがいつ頃かわかるかもしれない。

 だが、ママは細い目をくるっと上に向けただけで口をつぐむ。


「釣りに行く前、最後にここに来たのはいつだったんでしょう」

 神楽は質問の角度を変えてみた。

「それがね」

 ママは次の仕込みを始めたのか、ガスコンロに火を点けた。

「ここでね、かわいらしい女の子と知り会って」

 思わず神楽は瀬田と顔を見合わせた。

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