第47話

「雨宮林穂は、元は大久保で小さなバーをやっていたらしいです」

 ルリタテハに着き、ノンアルのビールを一口飲んだところで、タツヤがカウンター越しに言った。


「といってもですね、バーというのは表向きで、裏では賭博場として使っていたようです」

 よく聞く話だ。おそらく雨宮は、雇われていただけ。つまみ一つ作れなかっただろう。


「暴力団が後ろについてたわけ?」

「そうみたいですね。教えてくれた男も、それ以上詳しくは言いませんでした」

 ほぼ想像がつく。だが――。


「なんでそんな人と、具同さんは」

「わかりませんけど、何かと面倒をみてもらってたみたいですよ。そのうち、深い仲になったんだと」

「ここを開く前でしょ?」

「ずっと前みたいです。関係が切れて何年も経ってから独立したみたいだから」

 上京したての頃かもしれない。なんのツテもなく大都会にやっときた具同は、雨宮に助けられたのかもしれない。

 まだ、今のように、具同のような性的嗜好が容認されていなかった頃だ。同じ嗜好を持つ雨宮は、頼りになったのだろう。


「で、雨宮は、今も大久保のバーをやっていたの?」

 グラスに口をつけながら、神楽は訊いた。 

 当たり前だが、ノンアルのせいで、ちっとも気分が上がらない。


「やめてたようです」

 滑らかな仕草で、タツヤはカクテルを拭いている。顔はうっとりするほど美形だが、案外、グラスを持つ手はがっしりしている。顔を見なければ、職人を思わせる上半身だ。


「ここ数年はこれといった仕事はしてなかったみたいですね。同じ大久保で借りているマンションに住んでたようなんですが、日がな一日、ぶらぶらしていたようです。ただ、今までのつながりで、表立っては言えないような仕事を引き受けたりしてたみたいで」

 津村さくらについて電話をしてきたのは、誰かに頼まれたのか?

 だとしても、危ないことに口を突っ込むなと言ってきたのだ。

 雨宮は、津村さくらが何をしているかを知知っていたはず。


 だが、その雨宮が死んだのだ。


「川で溺れたって、どこの川なの?」

「それが、茨城の水戸市内を流れてる那珂川らしいです」

「水戸……。なんでそんな遠くまで釣りに行ったんだろ」

「地方に釣りに出かけることはよくあったみたいです。古い軽自動車を運転して、ふらりと出かけるんだと聞きました」


「だけど――水戸」

 神楽が呟くと、タツヤが頷いた。

「津村さくらが最初に羽根木俊太を殺したのも、水戸でしたよね?」

「――そう」


「事故っていうのは間違いないみたいですよ。雨宮が川に出かけたのは大雨が降った翌日だったそうで、釣りをしたあと河川敷に車を停めたま眠ってしまったのか、車から出て川に戻った際に増水した水に気づかなかったんだろうと」


「遺体は?」

「さあ。縁者が引き取ったんじゃないですか。話をしてくれた男は、警察から電話があって水戸にむかったスナックのママに聞いたらしいです」

 おそらく、雨宮の所持品から、そのママ以外の人物を知る手立てがなかったんだろう。


「どうします?」

 タツヤに訊かれたが、神楽は考えに沈んだままだった。

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