第46話

「具同さんが自宅に戻るらしいです」

「え?」 

 これのどこが悪い知らせなのだ?

「よかったじゃない」

 だが、タツヤは声を落とした。


「ちっともよくありませんよ。治ってないんですよ!」

「だけど、医師の許可が降りたってことは、大丈夫ってことなんじゃ」

「強引に具同さんが決めたんです。まだ、通院で治す段階じゃないのに」


 もしかすると。

 神楽は唾を飲み込んだ。

 最期は自宅でと思ったのか。それほど病状はすすんでいるのか。


「いつ戻るの?」

「来週の月曜日らしいです」

 一人で退院するのは大変だろう。そう思ったが、今、自分は、職務を離れるのは無理だ。


「大丈夫ですよ、僕が付き添います」

「よかった……」

 近くにいる身内だというのに情けない。

「ありがとう」

 思わず、電話の向こうの相手に頭を下げていた。

「具同さんも心強いと思う。お店もタツヤくんにまかせておけば安心だね」

「いや、僕なんか」

 照れくさそうな声で続けたあと、タツヤは、店の売上は下がっていないと言った。

「店が回ってることが、具同さんの生きがいだから」

 小さな店だ。オーナーがいなくなって維持するのは並の苦労ではないはずだ。

 そのへんの女の子よりずっと美しいタツヤだが、見た目より頑張り屋なのかもしれない。


「もう一つの悪い話は」

 咳払いのあと、タツヤは続けた。


「雨宮林穂ですが――、亡くなったみたいです」

 ドスッと、鳩尾みぞおちを殴られたかのような衝撃を受けた。

「――どういうこと?」

「雨宮の近辺を、僕なりに古い常連さんたちに訊いてたんですよ。そしたら、最近まで一緒に仕事をしていたっていう男を紹介してもらえて」

「それで?」

「釣り好きだったようなんですが、川で溺れたみたいで」

「いつ?」

「うちの店に、具同さんへの電話をかけてきた翌日みたいです」 

 言葉を失くしたまま、神楽は呆然と前方を見つめた。交差点の点滅する信号を、意味もなく睨む。


「これから行くわ」

「店にですか」

 後ろからきた佐々が、神楽の肩を叩いて、マンションの駐車場に停めてあるパトカーを指し示す。

 神楽はスマホを胸の前で伏せてから、

「すみません、急用ができましたので、用を済ませてから署へ向かいます」

と、頭を下げた。

 一応、今日の職務は終わりだが、普通、大抵の刑事なら署へ戻って書類作成をする。


「だいじょうぶなんですか?」

 スマホに戻ると、心配そうなタツヤの声が響いてきた。


「行くから、雨宮林穂について詳しく聞かせて!」

 どこに住み、何をしていたのか。彼について知らなくてはならない。


 後手に回っている。

 野毛方面に足をすすめながら、神楽は舌打ちした。


 川で溺れた?


 信じられるはずがない。

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