第43話
「知らない女って――」
津村さくらだ。
神楽はごくりと唾を飲み込み、瀬田と目を合わせた。
「どんな女だったの?」
神楽は訊いた。
「どんな女って――普通の女だったみたいだよ」
「なんか特徴があるでしょう? 背格好とか、服装とか」
「そんなことわかりませんよぉ。マシロは何も言ってなかったんだ。ただ、なんであんな普通の女にこんな頼まれ事をするのか不思議だとは言ってたけどね。マシロのやつ、自分はラッキーな星の下に生まれてるからなんて言ってさ」
神楽が後を追って目にした津村さくらは、ごく普通の、いや、普通以上に特徴のない女だった。普通の女だと言ったマシロの言葉を信じるなら、その女こそ津村さくらだ。
「ね、くわしく話して。その知らない女とマシロはどうやって知り合ったわけ?」
ガンが面倒そうな目つきになった。
「尾美に負けず、マシロも金に困ってたんだよね。サラ金のATMから出てきたところで声を掛けられたって言ってたな、たしか」
「それで?」
「で、大森の鹿野動物病院の前で張り込んでたら尾美ってやつが見つかるから、新宿の仕事を紹介するようにって言われたらしい。そう言いながら、女は一万円札を三枚くれたらしい」
やっぱり。やっぱり尾美は狙われたのだ。
そう。津村さくらに。
「というわけで、マシロは新宿にいる俺に連絡を寄越し、俺は尾美に会ってから簡単な仕事をさせたってわけ」
「コンビニ強盗は? 尾美一人の思いつきなの?」
「あ――そういえば」
「何?」
「尾美が俺の仕事をやったあと、マシロが俺に会いに来たんだった」
「なんで?」
「尾美はどうしてるかって」
「で、なんて答えたの?」
「相変わらず金に困ってるよって教えてやった。そしたら」
ガンは嫌なものを踏みつけたときのように、眉を寄せた。
「そうかって、マシロが」
「そいつがコンビニ強盗をそそのかしたのね?」
ガンは大きく首を振った。
「そそのかしたのかどうか俺は知らないよ。ただ、そう金に困ってるならコンビニ強盗でもするんじゃねえかって……」
「かわいそうに。そして尾美は死んだんだ」
瀬田が言うと、ガンはため息をついて、目をそらした。
「もういいかなあ」
ガンが帽子をかぶった。
「これから約束があるんだ」
いいわよ。そう言ったつもりだが、声にならなかった。予想どおりであっただけに、怒りと恐ろしさで知らず知らず拳を握りしめていた。
ガンが行ってしまうと、瀬田にボンッと肩を叩かれた。
「おい、だいじょうぶかよ」
うんと応えて、神楽はガンが歩き去ったほうを見た。
溢れる人に紛れて、もう、ガンの姿はわからなかった。
「さて、どうする」
瀬田が呆然と立ち尽くして、呟いた。
「マシロってやつに訊いても、津村さくらの行方はわからないだろうな」
「どうして――なんで、津村さくらは尾美を狙ったのか」
「それを探ってるんだろ」
「そう。羽根木俊太は、猫がらみで津村さくらと知り合ったとわかってる。そして尾美は、動物病院に通っていたことを津村さくらに知られていた……」
「もう一人の」
「厚木莉久。彼女のことも調べなきゃ」
「三人のつながりが何か見つかれば、なぜ、津村さくらがその三人を狙ったのかがわかるかもな」
頷くと、瀬田に背中を押された。
「飲もうぜ」
たしかに、アルコールが欲しい気分だった。狙われて殺された尾美のことを思うと、このまま眠れそうにない。
「二軒目は、安いとこな」
「さっきだって安い店だったじゃない」
神楽はそう言って歩き出した。
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