第41話

 結局、ガンを捜して、新宿駅近くまで歩いてしまった。

 見つからないから、もう一度店に戻ってみよう。

 そう思いかけたとき、西口のガード近くに、ふわふわと動くミッキーマウスの帽子が見えた。


「あ、あれ」

 神楽が指差すのと、瀬谷が小走りになったのが同時だった。

 喧騒を潜り抜けて、神楽は瀬谷とともにミッキーマウスを目指した。逃す心配はなかった。ガンは、道路脇のガードレールに腰掛けたのだ。連れがいた。ガンと同じような背格好で、だが、ガンのような奇抜な服装ではなく、どこかの老舗の会社の社長といった雰囲気。ガンはおそらくまだ三十代。連れの男は初老といっていい年齢だ。


「すみません、ちょっといいですか」

 瀬谷が声を上げると、ガンは顔をこちらに向けた。瞬間、目つきが警戒するように鋭くなった。

「ガンさんですよね?」

 神楽が前へ進み出た。


 ガンはうんともいいえとも言わない。胡散臭そうに、神楽と瀬田を見つめる。


「ちょっとお聞きしたいことがあって。この辺りにいるだろうと、花園神社近くのバーのママに聞いてきたんですよ」


 警察官としての職務質問ではない。瀬谷は柔らかく接しているつもりなのだろうが、声音からも目つきからも威圧感を感じるはずだ。

 ガンが、

「あんたたち、誰?」

 そう言ったとき、ガンと話をしていた社長風の男がすっと離れていった。

 何の話をしていたのか訊くつもりはないし、追うつもりもない。


「尾美義昭さんをご存知ですよね?」

 神楽が尋ねると、ガンの視線が鋭くなった。

「あんた、尾美の差配師をしてたんだろ?」

 まるで、容疑者に尋問するような瀬谷の態度だった。神楽は指先で瀬田の肘を突っつき、「黙ってて」の合図を送る。


「わたしたち、尾美さんの古い知り合いだったんですよ。久しぶりに尾美さんを訪ねる用があって――用っていうのは、ちょっとね、お金を貸していたもんですから。それで連絡を取ろうと大森に行ったら事件のことを知って」

 ガンの訝し気な視線は変わらない。

「大森の動物病院であなたのことを聞いたんです。尾美に仕事を紹介してやったことがあるとか」

「それが仕事だから」

 ようやくガンは口を開いた。


「動物病院の先生によると、尾美はあなたしか親しく付き合っていた人がいないようだと」

「さあ、それはどうだか知らない」

「尾美とはどこで知り合ったのか教えていただけませんか」

「そんなこと憶えてないな」

 ガンはぷいと顔を横に向ける。その拍子に、瀬谷の腕が伸びた。


「おい、てめえ、すっとぼけるんじゃねえ!」

 瀬谷はガンの顔面を殴ろうとしたかに見え、鼻の前で拳を止めた。脅しただけなのだ。当然だ。警察官である瀬谷が、一般市民に暴力をふるう筈がない。

 だが、効果はテキメンだった。ガンは怯えた目になって、一歩退く。


「ごめんなさい。この人、荒っぽいから」

 神楽は瀬谷を制するふりをしてから、小声になった。

「大森辺りで嫌な噂を聞いてしまって」

 ぴくりとガンが反応した。口から出まかせだったが、ガンには効いたようだ。

「な、なんだよ。俺は何も悪いことなんかしてないし」

「尾美が死んでしまった場所――ここから歩いて行けなくもないよな」

 瀬谷が凄んだ声を出した。

「お、俺は尾美のことなんか何も知らない。尾美がまさか本気でコンビニ強盗をするとは思ってなかったんだ」

「本気で?」

 今度は神楽がガンを見据えた。



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