第40話

 ガンがいるというバーは、花園神社の脇にある細い二階建てのビルにあった。二階に小さく看板が出ている。


 カウンターだけの狭い店だった。カウンターの向こうで、太った男が一人スツールに座っている客と話をしていた。

 店のオーナーのようだ。瞬間、こちらを見た目が鋭くなったが、ガンを探しているというとわざとらしいほどの笑顔に変わった。


「今夜はまだ来てないのよ。たいてい大通りをふらふらしたあとに来るから」

 それならここで待つしかない。ガンを知らないのだ、人ごみの中で見つけるのは難しいだろう。

 その旨を瀬谷が言うと、男はからからと笑い、

「だいじょうぶ。すぐにわかるわよ。ミッキーマウスの帽子をかぶって、派手な眼鏡をかけているから」

と、教えてくれた。


「どっちから行こうか」

 公園の脇で立ち止って、瀬谷が神楽を振り返った。

「右」

「だな」

 JRの駅のほうへ向かったほうが、人の行き来が多い。

 酔客やべったりと体を寄せあったカップルや、嬌声を上げるグループの間をすり抜けながら、ガンを探した。


「いくら目立つ帽子をかぶってるたって、こう人が多くちゃなあ」

 瀬谷がぼやく。

「そうね」

 だが、二人とも、この程度の追跡はなんともない。警察官は歩く仕事でもある。

 角を曲がり、大通りから外れた脇道に入る。なまめかしいネオンの光に照らされながら進む。


「何年振りになる?」

 ふと、瀬谷が呟いた。

「何が?」

 道の先に、男同士のカップルが現れて抱き合い始める。

「こうやって二人で夜の街を歩くなんてさ」

「どうだろ」

 実際、遠い記憶しかなかった。そのとき、二人だけだったかどうか。

「はっきりしないな。なんで?」

「なんでって……」

 瀬谷が立ち止ったために、神楽は振り返ることになった。

 大森の居酒屋でそれほど飲んでいなかったはずなのに、少し赤い瀬田の目にぶつかる。


「おまえ、なんで結婚しないの?」

「そんなの関係ないじゃん」

「付き合ってるやつ、いないよな?」

「だから?」

「もし、もしもだよ?」

 真剣な瀬谷の目に、神楽は思わず目を瞬く。

 瀬谷はいったい何を言おうとしてるんだろう。


「――もしも、津村さくらと決着をつけるとき」

 なんだ、津村さくらの話か。

 安堵してしまった自分が自分でもわからない。


「一人で向き合おうなんて思うなよ」

「うん」

「必ず、教えろよ。一人で始末しようなんて思うな」

「わかってる」

 瀬谷は歩き出し、神楽も後にしたがった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る