第37話

 大森駅前は人で溢れていた。夕方の通勤ラッシュだ。


 電話やメールではやりとりしているが、実際に会うのはどれぐらいぶりだろう。

 神楽は改札前に立って、瀬田が来るのを待った。


 スマホで、タツヤからのラインが入っていないかをチェックする。

 入っていなかった。具同の病状は変わりなく、雨宮林穂については、まだ情報がないらしい。

 

 安心すると同時に、焦る気持ちも沸き上がった。グズグズしていると瀬田に言われたように、一刻も早く津村さくらの居場所を突き止めなくては。そのために、津村さくらによって死亡させられた三人の接点を探す必要があるのだが。


「よっ」

 ふいに肩を叩かれて、神楽は顔を上げた。

「相変わらず、ろくに化粧もしてないな」

「なんで仕事に厚化粧がいるのよ」

「厚化粧なんて言ってないだろ。薄くさ、ちょっとは女らしくさ」

 いつもの言いたい放題のやりとり。

 だが、目の前に立ちはだかった瀬谷を、神楽はほんの少しまぶしく見つめた。ちょっと会わないうちに、雰囲気が変わっている。男っぽくなったというか、どこかさっぱりしている。


「――なんだよ、じっと見て」

 首筋が赤らみそうになって、神楽は慌てて顔をそむけた。

「久しぶりだから、こんな顔だったのかなって思っただけ」

「俺は、お前の顔、絶対忘れないよ」

 どういう意味なのか、以前なら気に留めなかった言葉が耳に残る。


「で、行く先なんだけど」

 神楽は事務的に、続けた。

「鹿野動物病院だろ?」

 それは電話で告げてあった。

「俺のほうでもざっと調べておいた。院長の鹿野洋一は、SBGっていう名のボランティアグループに二十年前から属している。主にホームレスを支援している団体みたいだ。活動は都内全域どころか、関東全体に及んでる。で、羽根木俊太がいた茨城の水戸や、神奈川の厚木莉久の周辺で、この団体が活動していなかったかを調べてみたが――」

「――なんでわかったの?」

 これから院長に会って訊こうと思っていたことばかりだ。


「なんでって、ネットで検索すれば、すぐにSBGは出てくるし、そこから羽根木俊太たちに地理上の接点はないか見てみただけだ。常識でしょ」

 なるほどと思ったが、素直に口に出せない。

「で?」

 歩き出しながら、横顔で訊く。


「はずれ。二人共、地理的には接点はなさそうだったよ」

「そう」

「なんだ、落ち込むなよ。院長の話を聞けば、何か接点が見つかるかもしれないよ」

「そうね」

 残念そうな表情になってしまったのは、そこまで自分で調べておけなかった後悔からだ。瀬谷に先を越されたような気がして、少し悔しい。


「この先の交差点からすぐだから」

「わかってる」

 瀬谷は住所から道順まで調べてきたようだ。



 鹿野動物病院は、流行っているらしく、小ぎれいでちょっと豪華な感じのする建物だった。三階建て。二階、三階は、ペットホテルになっているようだ。

 営業時間は十九時までとある。終業時間までまだ一時間以上あるせいか、客足は絶えない。大事そうに犬や猫を抱いた人たちが出入りしている。


 神楽は受付で名前を名乗り、院長に面会を求めた。林警部補からの紹介と付け足す。

 受付のかわいらしい女の子は、すぐに取り次いでくれたが、三十分ほど待って欲しいという院長からの言伝を持って戻ってきた。

「構いません、待たせていただきます」

 アポなしでやって来たのだ。少々待たされるのは覚悟の上だ。

 二人で店のソファで座って待つことにした。


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