第34話
雨宮林穂を探ると同時に、津村さくらによって死に至ったと思われる尾美義昭と厚木莉久についても、羽根木俊太とのつながりがなかったか調べを進める必要がある。
とりあえずは、雨宮林穂についてはタツヤにまかせることにして、神楽は尾美義昭を調べ直す段取りを組んだ。
コンビニで金銭を奪おうとして、津村さくらに反撃をくらった尾美は、人生のどこかで羽根木俊太との関りを持っていなかっただろうか。
タツヤとの電話を終え、神楽は夕食を買って帰ろうと思いついた。こんな雨の夜は、とてもスーパーに行き材料を買う気にはなれない。
自宅手前にあるできたばかりのカレー店に寄った。オーナーは日本人だが、本格的な南インド料理を出すと、最近ネットで評判になっている店だ。
バターチキンカレーをテイクアウトし、自宅に戻った。
雨の音が街の喧騒をかき消しているのか、静かな夜だ。
いつもなら、音楽をかけながら食事をするが、今夜は集中するために、無音で食事を済ませた。
それから、コンビニに縁った尾美について林警部補から聞いた話をまとめたノートを取り出し広げる。
カレー店でいっしょに買ったラッシーをごくごくと飲みながら、文字を追う。
何か聞き落としはないか。
話の内容はきっちりメモしたつもりだが、こうして振り返ってみると、案外新しい発見があるものだと、いままでの捜査で経験している。
尾美のコンビニ強盗未遂事件当時の住所は、大田区大森。
津村さくらに阻止されて、反対に死ぬことになってしまったコンビニがあったのは、新宿区富久町。
――生活圏から離れた場所での犯行です。
そう言った林警部補の声が蘇る。
新宿区富久町と書いた横に、『一年ほどに渡って、尾美と親しくしていた人間がいた』
そして、
『差配師の男―尾美が真新しい服を着ているのを見る』と走り書きがある。
自分で書いたくせに、まったく記憶になかった。
これは、当時の尾美を知る重要な手がかりになる。
瞬間、胸が湧きたったが、すぐに思い返した。
生活圏外で犯行に及ぼうとした尾美を、林警部補は調べたのだ。その上で、もし、不審な人物がいたのなら、林警部補が見落とすはずがない。
だが、林警部補は、一年ほどに渡って親しくしていた人間がいたようだと知っただけで、その人物については言及しなかった。
何か、理由があるのだろうか。
林警部補に確かめたい。
時間はそろそろ七時半。失礼にあたる時間だろうか。
いや、ギリギリだいじょうぶ。
神楽は新宿で会ったとき教えてもらった林警部補の電話番号にかけ始めた。
一度しか会っていない相手だが、人の相性はその一度だけで決まることもあるのかもしれない。
電話に出た林警部補は、会ったときと同様親切だった。
神楽は手短に、羽根木俊太について調べ上げた内容を話し、尾美との接点を探っていると告げた。
「そうですか」
林警部補はそう言ってから、続けた。
「どうしても、津村さくらさんという女性から不審感が拭えないんですね」
正直にはいと言うしかなかった。
「納得がいくまで調べてみたいんです」
「わからないでもないですよ。わたしにもそういった引っ掛かる事件というのがときどきあります。公に調べることができなくても、どうしてもそのままにできずにいる事件が」
そして話は、事件当時、尾美が親しくしていた人物に及んだ。
「取っ掛かりを掴むために、この人物について調べようと思うんですが、警部補は何かご存知ですか」
すると林警部補は、ふうとため息をついてから、言った。
「お話するしかないですね。あのときは、そこまで話さなくてもと思ったもんですから名前を伏せていたんですが」
やっぱり、調べていたのだ。
神楽はスマホを持ち替えて、思わず姿勢を正していた。
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