第33話

 清川村から戻った翌日、神楽はルリタテハのタツヤに電話を入れた。

 具同の病状を聞きたいし、具同宛に電話が入ったかどうか知りたかった。


 タツヤはすぐに電話に出た。

「ごめんね、忙しいのに」

「ぜーんぜん。今夜は暇で困ってます」

 清川村から戻った夜から、横浜は雨が降り始めていた。明け方から本降りになり、神楽が警察署を出た頃には、地面を叩きつけるような降りになっていた。

 こんな夜は、客足は遠のくだろう。


 具同の病状は、変わりないということだった。そして、具同宛に電話もなかったという。

「清川村で何かわかりました?」

 タツヤに訊かれ、神楽は羽根木俊太の墓参りに行ったことを話した。

「お墓に行ってきた。あとはこれといって――」

「収穫はなかった、というわけですね」

「そう」

 ひと呼吸置いて、神楽は尋ねた。


「この前、具同さんあてに電話があったっていう雨宮林穂って人、タツヤは会ったことあるって言ってたわよね?」

「ええ、一度だけ」

「具同さんと付き合ってたと思ったって言ってたけど」

「多分、間違いないですよ」


「いつ頃のことなのかな」

「さあ。古い知り合いだって具同さんは言ってたけど――ああ、多分、前の店のときだと思いますよ」

「前の店?」

「新宿ですよ。二丁目にあったバーにいた頃じゃないかな」

「なんでそう思うの?」

「具同さん、ここを開く前に働いていたのは一軒だけだって言ってたから」


「何年頃?」

「えーっと、よくわかんないですけど、僕がここに通い始めたのが四年ぐらい前で、もう十年は続いてるって言ってたから、十五年ぐらい前のことじゃないですかね」

 ということは、に2000年代はじめにこの店を開いたのだろう。雨宮林穂はそれ以前の知り合いだ。

「具同さんに訊けば早いですよね」

「そうなんだけどね」


 具同が素直に話すだろうか。雨宮林穂のことなどおくびにも出さず、津村さくらの捜査を頼んできたのだ。


「その新宿のバーって、今もあるの?」

「ないと思います。具同さんが辞めてすぐ潰れたらしいんで。だって――」

 カチャカチャとグラスを洗う音が背後に響く。


「その店からのお客さんもうちに来てるんですよ」

 当然の話だ。独立するとき、普通、自分の客とともに店を移る。


「具同さんはあえて自分の店を教えなかったみたいなんですけど、調べて来てしまったお客さんが多くて。結局は助かってますけど」

 そこから探るしかない。


「ねえ、その前からのお客さんに、さりげなく訊いてみてくれないかな」

「雨宮林穂のことですか」

「そう。どういう人物で、具同さんとはどういう付き合いだったのか」

 ちょっと間があったあと、タツヤはわかりましたと返してきた。


「雨宮林穂を探ることが津村さくらにつながるんですよね?」

「そうよ」

「それは、具同さんが神楽さんに頼んだことなんですもんね」

 具同を裏切ることになるんじゃないかと恐れているのだ。

「雨宮林穂を調べなきゃ。絶対津村さくらとつながっているんだから」

「何かわかったら連絡します」

 タツヤはそう言って電話を切った。

 

 


 



 

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