第32話

「何はともあれ」


 ふうと息を吐いてから、浩信氏は歩き出した。


「こうして墓に参ってくれる人がいたというのは、救われる気がしますよ。いい死に方をしなかったから」

 神楽も浩信氏にしたがって、墓の前を後にした。


 ふいに、浩信氏が振り返った。

「こんなところまで調べにいらしたということは、あなたに依頼した人は、俊太があんなことをしたのには理由があったと思ってるんですよね?」

 理由があったどころの話ではない。もしかすると、羽根木俊太は、殺されるために、レイプ犯としての汚名を着せられたのかもしれないのだ。

 誠実そうな浩信氏の瞳に見つめられて、神楽は瞬間、俊太を調べるほんとうの理由を口にしてしまおうかと思った。

 だが、それはできない。まだ確信はないのだ。


「依頼者は――少なくとも、羽根木俊太さんがレイプ犯となるような人間ではないと思っています」

「そう思ってくれる知人がいたというのは救いになります」

 羽根木俊太は不幸な亡くなり方をしたが、親戚筋に浩信氏のような人がいてしあわせだったと思う。

 村に戻り、神楽は帰るためのバスに乗るため、バス停前で浩信氏と別れた。



 運よく、羽根木俊太の墓がわかり、親戚筋の男性とも話をすることができた。といって、津村さくらに俊太が狙われた何か決定的な理由が見つかったわけじゃない。

 水戸の大家によると、女性といっしょに河原で捨て猫を世話していたらしいこと、浩信氏の話から、動物病院へ行ったらしきこと。


 なぜ、津村さくらは羽根木俊太を狙ったのか。


 その理由を知るには、もっと羽根木俊太との接点を探すべきだ。だが、羽根木俊太の情報は、ここで行き止まりとなってしまった。

 その突破口を見つけるために、尾美義昭や厚木莉久についても同様に調べなくてはならない。

 津村さくらに殺されたこの三人には、何かしらの共通点があるはずなのだ。

 次は尾美について、もう一度調べてみよう。

 そう思ったとき、のどかな田舎道の先に、バス見えてきた。

 ゆっくりとバスは向かってくる。

 

 尾美を調べる前に、ほんとうは探らなくてはならない人物がいる。

 バスに乗り込み、いちばん近い座席に座った。ほかに乗客はいない。

 

 ルリタテハに電話を寄越した、雨宮林穂なる人物だ。

 

 わかっていることは、この人物が、具同の知り合いであり、津村さくらを知っているということでと、そして――。

――津村さくさを探し回るな。危ないことに首を突っ込むな。

 ルリタテハのタツヤに、そう伝言を残したということだ。

 

 この伝言は、この雨宮林穂なる人物が、津村さくらを知っていることを意味する。


 そして、具同は、雨宮林穂を知っているはずであり、ということは、津村さくらが何者であるかわかっているということだ。


 津村さくらの犠牲者である尾美や厚木莉久と、羽根木俊太との共通点を探るより、この雨宮林穂なる人物を当たったほうが早いんじゃないか。

 だが、それは、具同を探ることになってしまう。


 バスは村はずれから、峠に向かい始めた。



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