第31話

 鳥の声だけが聞こえる。

 山の中の墓には、午後のおだやかな光が差している。


「差し支えなければ、羽根木俊太さんのことをお話していただけませんか」

 神楽は浩信氏に向き直った。

「そう言われても、わたしも俊太をよく知っているわけではないんですよ。俊太は二度目の妻と前の夫との間にできた子で」

「会われたことは?」

「二度ほどです」

 それだけの縁なのに、こうして供養しているとは。日本全国で、引き取り手のない遺骨がどれほどあることだろう。誰もが彼のように供養をしてくれればと思う。

 だが、それぞれに様々な事情があるのだ。警察官として数多の家庭を見た神楽は、引き取らない縁者を責める気はない。


「優しい子でした。むしろ、それぐらいしか印象がないというか」

「津村さくらという名に聞き覚えはありませんか」

「津村さくら?」

「彼の知り合いだったと思われるんですが」

 さあと、浩信氏は首を傾げた。

「ほんとに、彼のことは何も知らないんですよ。妻の佳衣子の連れ子だったというだけで」

「俊太さんに最後に会ったのは、いつだったんですか」

「――えっとあれは、俊太が亡くなるニ、三か月ほど前です。そのすぐあとに、佳衣子も亡くなりまして。佳衣子は病気を患っておりまして、最後に俊太に会いたかったようです」

「水戸で?」

「はい」

「そのとき、何か印象に残っていることはありませんか」

「印象ですか」

「たとえば、よく行っていた場所とか趣味でやっていることとか。何か、信仰に関することかもしれません」

 羽根木俊太が、何か特定の宗教にはまっていたという情報はないが、訊いてみる価値はあると思った。

「わかりませんね。ああ、そういえば」

 浩信氏は、遠くを見るような目になった。


「動物病院は金がかかるとぼやいていました」

「動物病院?」

「ええ。ペットを飼っていたようですよ。佳衣子が」

 声が沈む。

「俊太も一人じゃないと、安心していました」

 羽根木俊太は、捨て猫を動物病院に連れていったのかもしれない。津村さくらといっしょに。


「どこの動物病院だったか、彼は言っていませんでしたか」

「さ、さあ」

「水戸市内でしょうか」

 戸惑った視線が返された。

「あ、あの――これは何かの――。まるで警察の職務質問みたいだ」

 神楽ははっとして、頭を下げた。


「すみません。実は――わたしは羽根木俊太さんの知り合いではないんです」

 警察官と名乗るわけにはいかない。

「では、どういう」

「羽根木俊太さんの知人に、彼の死因に疑問を持っている方がいまして」

 具同の顔を思い浮かべながら、神楽は続けた。

「俊太さんについて調べて欲しいと依頼を受けまして」

「探偵社かなんかですか」

 曖昧にうなずく。

「――そうですか」

 浩信氏はうなずいてから、俊太の墓に視線を移した。


 

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