第30話

 道の駅で天丼の昼食を摂ったのち、神楽はふたたび沼入氏の自宅を訪れた。

 道の駅の食堂が空いていたせいで、約束した時間より少し早く着いたが、沼入氏は玄関に出てきてくれていた。


「もう来ますから、そのまま待っててください」

 従兄弟の浩信さんを呼んでくれたのだ。


 庭の花を眺めながら、浩信さんを待つ。

 きれいな花だった。花に興味を持ったことはないのに、なぜか花びらを見つめていると、ちょっとした幸福感に包まれる。

 家に戻ったら、花を育ててみようか。

 ふとそんな考えに囚われて、慌てて取り消した。観葉植物ですらすぐに枯らしてしまうのだ。


 そのとき、

「沼入浩信です」

と、背後から声をかけられた。


 沼入浩信氏は、温厚そうな初老の男性だった。オールバックにした頭髪は真っ白だが、姿勢はいい。声にも力があった。

「時島神楽です。突然お訪ねして申し訳ありません」

「羽根木俊太の墓参りをしていただけるとか」

 もう一人の沼入氏が、大体のことを話してくれていた。

「少し登った先ですが」

 そう言って、浩信氏は山のほうを見た。

「大丈夫です」

 そう返したとき、もう一人の沼入氏が、束になった花を手に駆けてきた。墓に添える花だという。

「ありがとうございます」

 慌てて頭を下げた。

 非常識だったと思う。お墓参りに花も用意しなかったとは。

「気にしなくていいですよ。花はいっぱいありますから」

と慰められ、ふたたび礼を言って山に向かうことになった。


 前を歩く浩信氏にしたがって歩く。

 坂道を登り終えると山道になった。車1台が通れるほどの道幅だ。


 風が強いのか、頭上で木々の葉がサワサワと音を立てる。竹だ。清涼な香りが鼻をくすぐる。


「この竹林のすぐ先です」

 無口な人なのか、沼入氏の自宅前からここに来るまで会話はなかった。初対面、しかも急に墓参りをしたいと言われたのだ。それも、何年も前に亡くなった者の墓参りを。


 竹林が途切れ、視界が開けた。その先にいくつもの墓石が見えた。

 山の中の墓と聞いて、朽ちて忘れられた墓場を思い描いていたが、思いの外、整然とした場所だった。どの墓も掃除が行き届き、置かれた小さな花瓶に花がそえられている。花は、枯れていない。


「あそこがうちの場所で」

 浩信氏が示した先に、ひときわ広い一画があった。石に刻まれた沼入家の墓という文字がはっきり見える。


 浩信氏と、墓の前に立つ。

 しゃがみこんで花を添えようとすると、浩信氏に制された。

「そこに俊太は眠っていません」

「え、でも――」

「俊太はあそこです」


 浩信氏が示したのは、広い一角の端にある小さな墓石だった。


「羽根木俊太はわたしども一族とは血縁がありませんから」

「だから、別のお墓……」

 当然だろう。まして、ここは沼入家の先祖代々が眠る墓なのだろうから。

「引き取り手がいないということで、多少なりとも縁があった者として、ここに墓を建てさせてもらいました」

 神楽は小さな墓石の前に、あたらためてしゃがみこんだ。


 

 

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