第28話

 具同は津村さくらのことを知っていたのかもしれない。

 

 その疑念が消えないまま、神楽は清川村へ行くための土産を選び、みなとみらいのショッピングモールを出た。

 

 桜木町駅へ向かう歩く歩道で立ち止ったまま、ぼんやりと海を眺めた。夜の色に変わる海に、観覧車や停泊中の船の明かりが映る。


 雨宮林穂は言ったという。危ないことに首を突っ込むなと。

 危ないこととはなんだろう。


 そもそも、この雨宮林穂という人物は、具同の元カレというだけの存在なのだろうか。

 津村さくらに続いて、突然現れた叔父でしかなかった具同にも、暗い疑念が影を落とす。


 手にしたクッキーの入った紙袋を握り直して、神楽は歩く歩道を降りた。

 津村さくら、

 羽根木俊太、

 尾美義昭、

 厚木莉久、

 そして、雨宮林穂と具同。

 どこでどんなつながりがあるのか、突き止めてみせる。



 清川村はすがすがしい空気に包まれていた。


 まだ眠気の残る目に、朝日がまぶしい。


 本厚木駅からバスでほんの三十分ほどで、村に着いた。一時間に一本のバスしかなかったが、ナビで調べてきたおかげで乗り遅れずに乗車することができた。


 山と山の間に、扇状に広がった低地に、ぽつりぽつりと家が見える。まずはじめに、村の庁舎のある煤ケ谷地区に向かった。


 昨日電話で追い合わせた、沼入浩信さんの庭を見学したいと申し出ると、受付にいた真面目そうな中年の女性に、

「個人情報の問題がありまして、こちらで住所をお伝えすることはできません」

と、申し訳なさそうに言われた。当然だと思う。


「でも、ポスターが貼ってありますから」

 それを見ればわかってしまうという意味らしい。受付の女性の視線を追うと、中年男性が自宅の庭らしき場所で、花を前に笑っている写真があった。表彰されたときの写真のようだ。

 男性の背後に、道の駅の屋根が見える。道の駅の周辺らしい。

 受付の女性にお礼を言って、神楽は道の駅を目指した。


 

 目的の家はすぐに見つかった。明るい感じの庭先は、昨日村役場で教わったとおり、道路からも眺めることができた。

 それほど大きな庭ではなかった。車五台分ほどの広さだ。だが、その庭一面に、写真で見た大振りの黄色い花が咲き乱れている。花に興味を持ったことはなかったが、素晴らしさは理解できた。野趣溢れるたくましい感じの花だ。ひまわりにちょっと似ている。


 花に見とれていると、通りすがりのおばあさんに声をかけられた。

「見事なんもんでしょう?」

「そうですね。きれいです。わたしも花を育てるのが趣味なんですが、なかなかこんなふうにはできません」

 嘘も方便だ。

「ここの人は上手だから」

「専門家の方なんですか」

 知らないふりをして訊いてみた。

「専門家じゃありませんよ。元は電気メーカーに勤めていた人だから」

 へえと驚いてみせ、

「お話を聞いてみたいわ」

と、続けた。


「聞けるわよ。気さくな人だから」

「でも、突然おうちにお邪魔して聞くわけには」

「今、集会所にいるわよ」

 おばあさんはそう言って、顎をしゃくった。道の先に、村の集会所があり、近所の人が集まっているのだという。


 やった! なんといういいタイミング。

 が、偶然に恵まれたというわけではなさそうだった。

「あの人たち、朝は毎日集まってるからねえ」

 おばあさんはそう言うと、

「行ってみたら」

とすすめてくれた。





 




 

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