第27話

「タツヤ?」


 電話の向こうの声は、ルリタテハの従業員、入院中の具同が店をまかせているタツヤだった。


「神楽さん、ちょっといいですか」

 なんとなく歯切れの悪い声に、神楽は思わず立ち止った。

 嫌な予感がした。

 もしかして具同の体調に変化があったのでは。

「病院から何か言ってきたの?」

「いえ、違うんですけど――」

「なに?」


雨宮林穂あめみやりんほって人、知ってます?」

「あめみや、りんほ?」

 聞いたことのない名前だった。

「具同さんはいるかって、昨日遅く、店に電話があったんですけど」

 具同の知り合いなのだろう。それがどうしたというのだ。


「僕がこの店に通い始めたばかりの頃、会ったことがあるんですよね」

 タツヤによると、雨宮林穂なる人物は、具同の古い知り合いなのだという。それも、ただの知り合いというのではなく、かなり親しい間柄のようだったと。

「多分、付き合ってた相手だったんじゃないかと」

 そういう相手もいたんだろう。特におかしい話じゃない。


 タツヤが会ったとき、雨宮林穂は壮年の男性。具同よりもいくつか年上に見えたという。精悍な顔立ちの、ちょっといかつい雰囲気の男性だったという。

「その後、一度も店に来たことはないし、具同さんから話を聞いたこともなかったんですけど、電話がかかってきて」

「それで?」

 話の方向が見えない。往来の人を避けるために、神楽はモールの中の通路の壁際へ移動した。


「危ないことに首を突っ込むなって、そう伝えとけって言われて」

「え」

「津村さくらを探し回るなって」

「――それって」

 まるでヤクザのような威しの文句だ。だが、相手は具同の親しくしていた相手だという。それより何より、雨宮林穂なる人物は、津村さくらを知っている。


 ということは。


「具同さんに伝えるべきですかね」

 訊いてきたタツヤの声が上滑りしていった。

 具同は、津村さくらを知っていた?

 まさか。そんなはずはない。それならどうして神楽に頼ってきたのだ? 津村さくらを見つけてくれと懇願してきたのだ?


 もしや。


 知っていたからこそ、現在の居場所を突き止めさせようとした?


「――あの、神楽さん?」

「ああ、ごめん」

 もし、具同が津村さくらを知っていたのなら、知っていて現在の居場所を突き止めさせるために神楽を使ったとしたら。

 それじゃあ、具同の掌で回るコマじゃないの。


「具同さんには知らせないほうがいいと思う――知らせないで」

「あ、はい」

「わたしが知らせるから。その雨宮って人には、具同さんが入院中だって言ったの?」

「言う間がなくって。伝えたかったんですけど、忙しい最中だったんで」

 そのほうがいい。

「今度電話がかかってきても、入院中であることは伏せといて」

「わかりました」


 タツヤとの電話を切ってからも、神楽はその場を動けずにいた。

 なぜ、具同は執拗に、津村さくらを追い詰めたかったのか。

 それは、津村さくらを知っていたから?

――あんた、警察官でしょ。

――調べてよ、津村さくらのこと。

 県警に訪ねてきたときの具同の声が蘇る。


「あ、すみません」

 ぶつかってきた見知らぬ女性に謝られても、神楽は言葉が返せなかった。



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