第26話
いっしょに野良犬の世話をしたのは、津村さくらだったのだろうか。
ふと、公園でさくらに迫ったとき、少年の連れた犬を抱き上げた横顔が蘇った。
あのときのさくらの表情――。
間違いない。羽根木といっしょに野良犬の世話をしたのは、津村さくらだ。
「ありました。失くしたかと思いましたが」
考え事をしていたせいで、家の中に入り、
目の前に差し出されたのは、小さな紙切れだった。
「なんとなく捨てられなくてね。取っておいてよかった」
「ありがとうございます」
思わず立ち上がって、頭を下げた。ダメ元で来たのだ。それなのに、思わぬ収穫があった。
「どうか、墓参りをしてやってください」
庭先で別れを告げたとき、送ってくれた芦田の声がつまった。神楽はふたたび深々と頭を下げた。
東京に戻る電車は、下りよりも混んでいた。
ほんの一時間強で都心とつながっているのだ。気軽に遊びに行く人も多いのかもしれない。
ようやく見つけた座席に腰を落ち着け、神楽は芦田から貰った紙切れを広げた。
小さな紙切れは、きちんと折り畳まれていたが、長い年月による紙の色の変色は免れなかったようだ。ボールペンで走り書きされた文字も薄れている。
住所は、神奈川県愛甲郡清川村谷口○○。
早速、スマホで情報を集めた。
神奈川県警に所属していても、管轄区域以外はほとんど知識がない。
丹沢大山国立公園に囲まれた、神奈川県唯一の村だという。村役場によってアップされている写真も見た。のどかな山村風景が広がっている。
ここなら、羽根木俊太は安らかに眠っているのではないだろうか。
電車の窓の向こうに広がる街並みを見つめながら、神楽は胸の中で手を合わせた。
――きっと、津村さくらを追い詰めてみせる。
ぎゅっと目を閉じると、具同の顔も浮かんだ。
羽根木俊太の墓があるであろう場所がわかった。この知らせは、きっと具同を元気づけるだろう。
次の非番の日、神楽は清川村へ向かう計画を立てた。ひとまず芦田からもらったメモにあった沼入浩信という人物について、SNSを使って調べてみた。
この名前ではヒットしなかったが、同じ苗字の人物が、村の広報に出ているのを見つけた。新しい品種の草花の生育に成功したという。出ていた人物の名は、沼入敬之。農家というわけではなく、趣味で園芸をしている男性のようだ。
顔写真も出ていた。大ぶりの黄色い花を手に笑っている。
小さな村だ。同じ苗字ということは、親戚筋かもしれない。
村の広報に電話をし、件の草花を見学できるか訊いてみた。そういった問い合わせは多いようで、沼入敬之氏は庭を開放しているという。
「事前に予約は必要ですか」
訊いた神楽に、村の広報担当は、
「中に入らなくても外からでも見えますから」
おおらかに答えてくれた。
警察官として話を聞きにいくわけではないから、神楽はちょっとした手土産を用意しようと思った。沼入敬之に会えたら、アパートの管理人の芦田の名前を出すつもりでいる。芦田に対して失礼のないようにしなくてはと思う。
県警から目と鼻の先に、みなとみらいのショッピングモールがある。明日、非番という日、神楽は県警の建物を出ると、みなとみらいへ向かった。
横浜らしい土産物は何がいいか。
人で溢れるモールの通路で立ち止ったとき、スマホが震えた。
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