第25話
羽根木俊太とは知り合いであったという神楽の話を、男性は信じてくれたようだ。
男性の視線から、徐々に不審さが薄れていった。
「息子のように思っていたんですよ」
俯きがちに、男性は呟いた。
「すみません、お名前を」
「芦田修一郎といいます。ここの大家ですよ」
「大家さん……」
芦田は箒を塀のレンガブロックに立て掛けた。
「素直ないい子でしてね、俊太は。なんであんなことになったのか」
「当時のことをくわしく教えていただけませんか」
「と言われても、くわしいお話ができるわけじゃありません。事件があったのは、わたしがちょうど入院している最中で。腰を痛めましてね、手術のために二週間ほど家を空けていたんですよ」
そういえば、ほんの少し前かがみ気味の姿勢だ。
「羽根木さんのお墓は神奈川県にあるようですが」
「ええ。親戚の方が最後に挨拶にいらっしゃいましたよ」
「親戚の方――。ご両親ではなかったんですか」
羽根木の年齢であれば。両親はまだ五十代かせいぜい六十代の年齢だろう。
「俊太は早くに両親を亡くしているということでした。それで、母方の男性の方がいらして。羽根木の家の本家の者だと確か聞いたような。神奈川県といっても、辺鄙な場所の田舎のほうだったと記憶しています」
「お墓まいりに行きたいんです。お墓の場所なり、その本家の方の住所なりがわかればと」
「――それなら」
芦田が表情をやわらげた。
「隣に住んでいるんですよ。よかったらどうぞ」
先に立って歩き出した芦田に従って、神楽は隣の建物に向かった。
小ぶりながら、きちんと整頓された庭先の縁台に神楽は案内された。
「今、お茶を持って来ましょう」
「あ、お構いなく」
どうやら芦田は一人暮らしのようだ。庭に干された洗濯物からうかがえる。物干し台のまわりに、名前は知らないが黄色のかわいらしいが整然と植えられていた。隣のアパートの管理をしながら、充実した暮らしを送っていると思われた。
背後でザっと窓の開く音がして、屋内から芦田が現れた。
「どうぞ」
縁台の上に置かれたのは、緑茶とせんべいだった。
「すみません」
「いや、一人で適当にやってるから、あんまり上手な淹れ方じゃないですが」
言葉に反して、お茶はおいしかった。
「誰かと俊太について話したいと思っていたんですよ」
神楽がお茶を飲み終えると、芦田はそう言って、せんべいをすすめてきた。遠慮して、話の先をうながす。
「出勤前にね、わたしがアパートのまわりの雑草を抜いたりしていると、元気に声をかけてくれたりね。明るい子でした」
「相手の――その津村さくらという女性なんですが、俊太さんから聞いたことはありましたか」
「うーん、それをわたしも何度も考えたんですがね。聞いた憶えがないんですよ。ただ――」
芦田はわずかに首を傾げる。
「あの事件があるニ、三か月前でしたか、逆川の河川敷で子犬を拾ったと。だけど、
犬を飼うわけにはいかないから、河川敷に餌をやりに行っていると言っていたんですが」
「何かあったんですか」
「いや、大したことじゃありません。犬を通じて女の子と知り合ったと言っていたんですよ」
「女の子?」
「そうです。といっても、俊太はその子について特別な意識を持ってたわけじゃないようです。自分より年下と言っていて」
「もしかして、それが津村さくら」
芦田は首を振った。
「わかりません。名前なんか聞かなかったし、俊太も名前をわたしに言うほどの付き合いをしていたわけじゃなさそうでしたから」
「警察には言いましたか」
ふたたび芦田は首を振った。
「忘れていたんですよ、そんなこと。一年ほど経ってから、そういえばと思い出したくらいで。それに、もし、被害者が俊太なら思い出さなかったことを悔やんだかもしれませんが、俊太は悪いことをしたほうということだったんで」
芦田の表情が曇った。
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