第24話
羽根木俊太、死亡当時二十二歳。
神楽はノートに書いた羽根木の名前をじっと見つめた。
二十二歳か。
自分の二十二歳当時を思い返してみる。大学を卒業したばかりで、まだ右も左もわからなかった。
先に目を通しておいた、法務省の犯罪白書を思い浮かべる。性犯罪を犯した者の中で、単独強姦型の犯人の割合は、二十九歳以下が四十七、三パーセントだった。羽根木の年齢もこの枠に入る。
この四十七、三パーセントのうち、前科がある者が八十パーセント。
羽根木には、前科はない。ごく普通の、真っ当な市民だった。話を聞いたジムの同僚の証言からも、特に羽根木がそういった性癖を持っていたとは思えない。
そんな羽根木が、なぜ、突如レイプ犯に変貌したか。
ただ、人の心の闇は、まわりからはうかがい知れない。警察官として仕事をするなかで、意外な人物が犯罪を犯すのを何度も見てきた。先入観は持たないつもりだ。
窓の外は、都会の息苦しいような街並みを抜けて、おだやかな風景が広がり始めた。
JR上野東京ラインで水戸を目指している。
ふと、昨夜の瀬谷とのやりとりを思い出した。
――水戸へ行くぅ?
偶然、メールが入ったのだ。焼肉のうまい店を見つけたから食べに行かないかと。
瀬谷がそんなふうに誘ってくるのは極めてめずらしい。瀬谷の元カノの想像とは違い、瀬谷とは二人きりになる機会は滅多にない。
何か話があるのだろうと思ったが、水戸へ行くから無理だと返信したら、先の、声が聞こえそうな返信があったのだ。
そして続いて、
――休みの日をほとんど個人的な捜査に使ってるな。
と、指摘してきた。
たしかに瀬谷の言うとおりだ。このところ、休みを使って津村さくらを追いかけている。
――休める時間を持たないと潰れるぞ。
瀬谷とのメールは、そこで終了した。瀬谷の友人を気遣う気持ちは有難いが、時間がないのだ。津村さくらが次のターゲットを見つける前に、そして、具同が生きているうちに……。
神楽は慌てて、胸のうちで呟いてしまった言葉を取り消した。
縁起でもない。
具同はきっと回復する。
また、またルリタテハでおいしいご飯をご馳走してもらうのだ。
そう思ったとき、電車は水戸駅に着いた。
特急に乗れば、ほんの一時間強で到着した駅は、東京よりも晴れていた。駅前の広場に設置されたテレビ水戸黄門の三人の銅像が陽の光に照らされている。
羽根木が当時暮らしていた住所は、市内にある深在町。電車の中で調べた地図アプリによると、駅から歩いて二十分ぐらいのところにあるらしい。
ふたたび地図アプリを立ち上げて、目的地へと向かう。
地図アプリは優秀だ。目的のアパートはすぐに見つかった。以前、具同と津村さくらの住んでいたアパートを訪ねた記憶が蘇った。あのときは、不動産屋に話を聞いた。今回もそうすべきか。
そう思ったとき、アパートの中から人が現れた。手に箒を持っている。灰色の作業着姿に帽子という初老の男性だ。管理人かもしれない。
「すみません」
神楽は声をかけた。
顔を向けた男性は、ぼんやりとした目をこちらに向けた。
「お尋ねしたいことがあるんですが」
「なんですか」
「以前、このアパートに住んでいた方についてなんですが」
はあと頷いてから、男性は不審そうな目になった。
警察官と名乗るわけにはいかないのだから、相手に不審がられるのは当然だ。こういうときは素早く要点に入ったほうがいい。羽根木俊太という名前を出した。
「羽根木俊太……」
男性はそう呟き、帽子を取った。
「どうして彼のことを?」
知っているのだ。
僥倖だった。十年も前の住人なのに。
神楽は名前を名乗り、羽根木俊太との関係を話した。
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