第23話

 もうこれ以上話しても、新しい情報は得られないだろう。

 そう判断した神楽は、礼を言って電話を切ろうとした。会話時間は約十五分。見ず知らずの相手に、よく付き合ってくれたと思う。


「夜遅くありがとうございました。大変参考になりました」

「いえ。お役に立てたなら」

 そう言ってから、時田はふと付け足した。

「お墓はーー神奈川県のほうですよね」

「え?」

 意外だった。

「羽根木さんは水戸の出身のはずですが」

「詳しいことは知りませんけど、確か葬儀は神奈川のほうで行われたと、当時、同期のやつから聞いた記憶があります。といっても、誰も行かなかったと思いますが」

 

 ほんのわずかだが、羽根木と厚木莉久との共通点が見つかった。

 いや、共通点といえるほどのものではないだろう。

 ただ、二人の履歴に同じ言葉が記されているのは確かだ。


 時田との電話を終え、神楽はすぐさま具同のノートを開いた。

 やはり、羽根木の出身は水戸と記されている。

 それなのに、なぜ、当時の同僚は、神奈川県で葬儀が行われると言ったのだろう。


 羽根木の親類に話を聞く必要がある。


 どうすれば羽根木の親類に連絡が取れるか。


 墓に埋葬されたということは、誰かが羽根木が住んでいた場所の後始末をしたはずだ。


 水戸に行ってみるしかないか。

 神楽は一人ごちで、それからもう一度お茶を淹れなおした。



「羽根木の親戚を探す?」

 翌日、具同の病院を訪ね、今後の展望を語ると、具同は表情を輝かせた。

 面会時間は終わっているが、特別に入ることを許可してもらった病室で、神楽は具同に向き合っている。

 

「お墓が神奈川にあるようなんです。誰が羽根木の人生の後始末をしたのか、それがわかれば、生前の羽根木の暮らしぶりがわかると思うんです」

 話しながら、極力、具同の体調については気にしないよう努めた。悪くなっていることは明らかだが、捜査の進展で少しでも元気ずけたい。

「どうやって探すつもり?」

 具同の声には、まだ力がある。

「とりあえず羽根木の住んでいた場所に行って、誰が部屋を引き払ったを訊いてこようと思います」

「教えてくれるかしら。だって、あんた、警察官って名乗るつもりはないんでしょう?」

 それは無理だ。

「お墓に手を合わせたいと言うつもりです」

「そうね、それしかないわね」

 ふと、ベッド脇のテーブルに置かれた本が目についた。

 聖書だ。

 胸が苦しくなる。

 死に近い者が、聖書を手にしているのを、映画か何かで見た覚えがある。

 

 神楽の視線に気づいた具同が、ふふっと笑った。

「変なモノ、読んでるって思った?」

 即座に首を振る。

「これでも結構読書家なの、あたし。だけどね、こう入院生活が長いと、大体のものは読んじゃって、これぐらいしか手持ちにないのよ」

「キリスト教の信者なんですか」

 神楽は無宗教だし、神楽の親戚にもキリスト教の信者はいないが、具同が何を信じようと構わない。故郷では、あまり歓迎されないかもしれないが。


「信者ってわけじゃないわよ。ま、いままでいろんなことがあったし、宿命を呪ったこともあるけど、神様にすがりたいと思ったことはないわね。だけど、案外おもしろいのよ、聖書って。そのへんの物語よりずっとエンタメしている部分もあるの」

 具同は優しい笑みを浮かべた。

 どこか達観しているようにも見える。


 嫌な不安を振り払って、神楽は話を戻した。

「羽根木の生前の生活が詳しくわかったら、厚木莉久や尾美との接点を探してみます」

「きっとあるわよ。そうじゃなきゃ、殺されない」

「はい」

 ぐずぐずしてはいられないと、神楽はあらためて思った。

 津村さくらが次のターゲットに近づく前に、そして具同が――。


 いや、具同がいなくなるなんてことはない。

 突然、神楽の前に現れたように、突然消えてしまうなんてことはない。


「また来ます」

 枕に頭をもたれかけて目を閉じた具同に告げ、神楽は病室を後にした。

 

 

 

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