第22話

 十一時二分過ぎに、時田から電話があった。

 二回目のコールで神楽は電話に出た。  

 シャワーを浴び終え、ソファに座ってお茶を飲みながら時田の電話を待っていた。 

 ごくりと飲み終えたところで、電話はタイミングよくかかってきた。


「お疲れのところ、ありがとうございます」

 まずはじめに礼を言った。約束を守ってくれて感謝だ。


「羽根木の何をお話すればいいでしょうか」

「えっとですね」

 ルリタテハを出てから、ずっと、会話の内容を考えていた。どんなふうに話を持っていけば、時田が話しやすいか、思い出しやすいか。


「羽根木さんとはどれぐらいの間、いっしょに仕事をしたんでしょうか」

「一年ほどですね」

 即答だった。

「ジムに新しい機械が導入された年からだったんですよ。それで、僕らはいっしょに研修を受けたもんですから」

「プライベートでも交流はありましたか」

「ほとんどないですね。彼はあんまり人とつるむタイプじゃなかったと思います。仕事関係の者とは、仕事のときしか付き合わない。そんなふうにしているように見えました」

「そうですか」


 人付き合いは希薄。

 手元に用意しておいたノートに、神楽は走り書きする。


「あの事件が起きたときなんですが」

 神楽が口にすると、時田はすぐに反応した。

「びっくりしましたよ」

「それはどういう意味ですか」

「いや、彼はそういう――その」

「レイプ」

「そうです。女性をレイプするような人には見えませんでしたから」

 外見で性犯罪を犯す者を見つけるのは、無理だ。そもそも、神楽の経験上、なんらかの犯罪を犯す者は、大抵、そうと見えない人物が多い。


「女性関係について、何かご存知ですか」

「ええ、いや、知りません。一度か二度、ジムの帰りに彼が女性と歩いているのを見た覚えがあるだけです」

「それは、被害に遭った女性ですか?」

「違うと思います。被害に遭った方を詳しくは知りませんが、たしか、かなり若い女の子だったとか」

「そうです」

「じゃ、絶対違います。僕が見た女性は、どう見ても羽根木さんと同年代の人だったから」

 

「お尋ねしたいんですが」

 神楽はそう言ってから、手元のノートを見た。

「「尾美義昭、厚木莉久。この二人の名前を羽根木さんから聞いた憶えはありませんか」

「う~ん、申し訳ないけど、聞いた憶えはないですね。ていうか、聞いたことがあったとしても、もうかなり前のことだから」

「そうですよね、申し訳ありません」

 時田は面倒臭がらず、話を聞いてくれている。何も知らなくても当然なのに、声音からはこちらを気遣ってくれているのが伝わってくる。


「その二人は、羽根木とどういう」

「知り合いかもしれないと思いまして」

 ダメ元で続けた。

「尾美義昭さんは、江東区の南砂町に暮らしていました。厚木莉久さんは、神奈川の海老名市の生まれで、伊豆でガイドをしていました」

「なんか、過去形ですね。もしかして」

「はい、お二人とも亡くなっています」

 電話の向こうで、時田が息をのむのがわかった。

 


 

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