第16話
路地が行き止まりになった。
その先が開けている。公園のようだ。
津村さくらはコツコツと小さな靴音をさせて進む。
小さな公園だった。近所の子供たちが遊びに来るような、素朴な公園。ブランコと砂場。ジャングルジムはないが、感じよく公園のまわりを木々が覆っている。
昼間、この場所は近所に住む子どもたちの遊び場に違いない。ただ、今、公園はひっそりと闇に沈んでいる。
三人掛けのベンチが見えてきた。細い街灯の光が、そのベンチだけを照らしている。
津村さくらは迷いなくベンチへ向かっていく。
夜の公園で何をするつもりだろう。
たしかにこの公園は、わびしい感じもしないし、若い女性が一人でいたとしても危険そうには見えない。
ただし、ただしだ。
ごく普通の若い女性は、暗くなってから、一人で公園には入らない。たとえ、安全な日本の住宅街の中だったとしても。
誰かと待ち合わせなのだろうか。
それにしては、津村さくらはまわりに目を配っていない。後ろからやって来る神楽についても気づいていないようだ。
ベンチに腰掛けた津村さくらはおもむろにハンドバッグからスマホを取り出し眺め始めた。スマホからの発せられる光に、津村さくらの顔が浮かび上がる。
神楽は思わずごくりと唾を飲み込んだ。初めて実際に目にする津村さくらの姿が、すぐそばにある。声をかければ話ができそうな距離だ。
津村さくらは、写真で見たとおり、特色のない、どこかで見たことのあるような風貌だった。すぐ忘れてしまいそうな顔、同級生の一人にはいそうな、そんな顔だ。
神楽もポケットからスマホを取り出し、営業マンの真似事を始めた。営業の途中で、ちょっと休憩をするために公園のベンチで休もうとする。そんな演技を始めた。
「――大変申し訳ありません。そのご契約の件につきましてはですね――」
実際、営業マンがどんな話をするのか、神楽には見当もつかないが、テレビで見たドラマの真似をしてみる。ともかく、津村さくらの横に、自然に座りたい。
神楽はベンチに腰をかけた。その拍子に、通話を終えたふりをし、ため息をついてみせる。
津村さくらは動かなかった。立ち上がろうとはしない。
神楽はスマホでニュースサイトにアクセスし、眺めるふりをした。全神経は、隣に向けている。
ガサゴソと音をさせて、津村さくらは手にしていたビニール袋から菓子パンとペットボトルを取り出した。
ぴち。菓子パンの袋が開けられる。
ここで夕食を摂るつもり?
住んでいるアパートは目と鼻の先なのに、なぜ。
くちゃくちゃとパンを咀嚼する音がした。隣にいる他人を警戒する様子はない。というよりも、隣にいる者のことなど全く見えていないかのような空気が伝わってくる。
やはり、ここにいるのは、津村さくらだ。
神楽は思った。
何人もの人を殺した女だ。
「――おいしそうですね」
神楽は声を津村さくらに顔を向けた。
「……」
目の前の津村さくらの目が、瞬間見開かれた。だが、すぐに興味ないといったふうに、視線が外される。
「メロンパン――あたしも大好き」
津村さくらが咀嚼をやめた。
「欲しいの?」
初めて聞く声。ちょっとハスキーだ。
ううんと、神楽は首を振った。
「まだ仕事中だから」
すると、ふたたび咀嚼の音がし始めた。
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