第12話

 伊豆で遭難事故に遭い、亡くなった厚木莉久についての大まかな情報は、案外簡単に入手することができた。

 大学の同級生の瀬谷がまたしても助けてくれたのだ。

 

 津村さくらが正当防衛の末、コンビニで尾見を死なせた件を相談したとき、瀬谷は林警部補を紹介してくれた。

 その津村さくらについて、また調べたいと相談すると、

「ちょっと待っててくれ」

と言われたものの、二日後には連絡をくれた。

 

 勤務を終えて、コンビニ弁当の夕食もそこそこに、神楽は津村さくらの調べに取り掛かった。

 コーヒーを淹れ、テーブルの上に、具同から預かったノートを置く。

 目の端に、山積みになった洗濯物があり、

――洗濯しないとやばいんじゃ

 瞬間そう思ったが、無視した。一日ぐらい洗濯機を回さなくたって死にはしない。


 おそらく、西伊豆の交番勤務の誰かを当たってくれるのだろうと思っていたら、瀬谷は意外な人物を手繰り寄せてきた。

 瀬谷の元彼女が、事故で死亡したガイドの厚木莉久と知り合いだったという。

「元彼女に連絡なんかできるの?」

 厚木莉久の情報を手に入れてくれるという元彼女の話を聞いて、神楽は意外に思った。瀬谷は別れた彼女と連絡を取り続けるタイプには見えない。

「穏便な別れ方だったからね」

 なんとなく、奥歯にものが挟まった返事だったので、神楽はそれ以上追及しなかった。瀬谷とは友人同士だが、男女関係については話題にしたことがない。

 

 厚木莉久の情報ははすぐにラインの写メで送られてきた。元彼女は、A4no紙にまとめてくれたようだ。

――写したら、すぐに削除してくれ

 言われるまでもなくそうするつもりだ。


 厚木莉久は1990年、神奈川県海老名市の生まれ。地元の高校を卒業し、大学は静岡の県立大学を出ている。

 卒業後は静岡にある大手の硝子メーカーに勤めたようだが、四年で辞め、その後海外へ出ている。NPO法人に所属して、ベトナムで二年農業関係の仕事、をしていたようだ。

 ガイドを始めたのは、結婚して三島市に住み始めてからで、小さな旅行会社に籍を置いている。といっても、正社員ではないようだ。

 性格は明るくて社交的。トレッキングが趣味だったようで、その流れで登山ガイドの資格を取得し、シーズンには何度もガイドを務めていたという。


 ざっと見渡した限りでは、厚木莉久という女性が、他人に狙われる要素は見当たらなかった。

 やはり、こちらの思い過ごしでは?

 そう思わずにはいられない。


 神楽は具同がくれた、津村さくらが関係して死亡した人たちが書かれたノートを開いた。

 この人物たちと厚木莉久の接点を探せと、具同は言った。

 その方向が間違っているとは思わないが、どこから手をつければいいか。


 一人目、茨城県水戸市深在町29の4、ほうやアパート202、羽根木俊太、二十二歳。

 レイプ未遂で津村さくらに殺されてしまった男だ。

 二人目、新宿のコンビニ強盗未遂犯、尾美義昭、四十七歳。

 三人目、西伊豆の遭難事故で亡くなったツアーガイド、厚木莉久、三十四歳。


 生まれた場所も世代も、そして生活圏も、重なるところがない。


 もっと詳しく調べなきゃ。


 瀬田からの写メには、ツアー名簿も添えられていた。

 アイウエオ順に並べられた名前に、津村さくらがある。

 津村さくらの住所を見た。

 現住所は神奈川県平塚市となっている。


 ずいぶんいろんな場所に暮らす女だわね。


 茨城から都内の江東区、そして神奈川県の平塚。

 茨城にいたのは十年前。そこから江東区は無理がない。だが、なぜ、平塚を選んだのだろう。

 津村さくらの職業欄を見た。派遣社員としか記されていない。

 平塚でなければならない仕事に就いたのだろうか。


 ひとまず厚木莉久から調べてみよう。

 神楽は方針を決めた。何か取っ掛かりを見つけなくては進まない。同時に、平塚の津村さくらの家にも行ってみようと思った。またしてもさくらは引っ越してしまっているかもしれないが。


 スマホを取り出して、この先一か月ほどの勤務日程を確かめた。次に時間が取れそうなのは、二週間後の土日。


 ふと、ぞわりと嫌な予感がした。


――さくらはまた殺るわよ

 そう言った具同の声が蘇ったのだ。


 ぐずぐずしている場合じゃないかもしれない。


 神楽はスマホの地図アプリを出すと、厚木莉久の住所を検索した。


 そう思ったところで、神楽はぞわりと嫌な予感を覚えた。


 もし、さくらがまた殺ったら。


 





 





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