第9話

 林警部補に連絡をしようと思いながら、月日が過ぎてしまった。


 そもそも、具同の話は、推理ごっこの域を出ていない。

 それを裏付けるように、具同から写メが送られてきた。

ーーこれが、津村さくら!

 びっくりマーク付きで送られてきた写真は、一度見ただけでは忘れてしまいそうな、ごく平凡な若い女性の写真だった。

 

 どうやら、コンビニでアルバイトをしている具同の店の彼が、偶然写した写真のようだ。

 

 コンビニの店先で、店長と思われる中年男性と津村さくらが話している様子が写っている。

 コンビニの制服を着ているから、体型は今ひとつわからないが、小柄で痩せた女性のようだ。

 肩までのまっすぐな髪に卵型のほっそりした顔。

 目はどちらかというと小さく、だが、奥二重であるから細くは見えない。鼻はすっきりとして高いほうか。

 美人とはいえないし、不細工というのでもない。

 特徴がないというか、どこか影の薄い印象がある。


 違和感が湧き上がった。


 その違和感が、どこからきているのかよくわからない。

 ただ、レイプ犯と強盗犯に反撃できた女性の雰囲気とは、何かそぐわないと思うのだ。


 写真を見るまでは、もっと別の女性を想像していた。

 なんというか、容姿はともかく、目の輝きの違いといったらいいか。


 意思のある、強さのある目をした女性を思い描いていた。

 それが、実際の津村さくらは、正反対のタイプだ。


 調べてみようか。

 初めて、自発的に神楽は思った。


 どこから始めたらいいか。

 いくら警察官といっても、被害者のプライバシーに関することを調べ上げるわけにはいかない。具同が想像しているより、警察官はずっと窮屈な仕事なのだ。


 やはり、林警部補に相談してみよう。

 死んでしまった尾美に対する林警部補の気持ちを思い返すと、事件を、ただ事件として扱うのではなく、起こした人物の背景までも見ている気がする。

 被害者についても、何かヒントをもらえるかもしれない。 


 だが、神楽はすぐに動けなかった。

 津村さくらについてわだかまりを抱えたまま、月日は過ぎた。日々の業務は待ったなしの忙しさだ。林警部補へ連絡しようと思いながら、一日は瞬く間に過ぎてしまう。

 

 具同から、それきり連絡が途絶えたことも、神楽の動きを鈍くした。写メを送ってきて以来、なしのつぶてだ。


 街に秋の風が吹き始めた。

 十月も半ばを過ぎ、早出の朝など冷え込みを感じるようになった。


 ふたたび津村さくらの名前を目にしたのは、久々に遅出の日を迎え、ゆったりとした朝食をとったあとだった。


ーー静岡県西伊豆の山中で、日帰り登山の一行遭難。ガイド役を務めた厚木莉玖(あつぎりく)さん(34歳)が死亡。

 Yahoo!ニュースで素通りした記事だ。もちろん、死亡者の名前は出ていなかった。記事を素通りし、そのままXにアクセスし、推しのサッカー選手の呟きを見ようとした途端、目に入ってきた。


 みんな、助かってよかったです、ホッとしました。

 そんな呟きのあとに、津村さんもよかったですと続き、別の誰かが、さくらさん、無事だったんですね。などと言っている。


 津村さくらだ。


 瞬間的に、神楽は思った。

 さくらが、厚木莉玖が率いていた登山者の中にいた。


 そして。


 また、津村さくらの近くで人が死んでる。


 津村さくらは、またやるわよ。


 そう言った具同の声が蘇った。

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