『つまさかし』について

月這山中

 


このさくや このさくや


むしろ しょいては

さか のほる


けむり のほりて

つま さかす


このさくや このさくや


つまを さかして

さか おりる


けむり のほりて

さか おりる



 東北のある地域には『つまさかし』という行事があり、男たちがむしろを背負い山へ登る。

 山桜の管理と喪った家族を鎮魂する目的が重なったものと一説にはある。

 私は地域に伝わる詩を拝借し、新譜を考えていた。主旋律を考えていると、夢にあの風景が出るようになったのである。

 空が高い。山から細い煙が立ち上っている。どこまでも。どこまでも。



むしろ しょいては

さか のほる


けむり のほりて

つま さかす



 私はその煙の根元に向かって坂道を歩いている。背中が重い。

 蓆の束を背負って、ゆるゆると坂を登っている。

 そうしているとなにかに躓き、地面が迫る。

 そこで目が覚める。



いしに つまつき

さか おりる


はなに きつかれ

さか のほる



 夢の中の私は必ずなにかに躓き、煙の根元には辿り着けない。

 その夢を見ている間、恐ろしい気持ちはなく、ただただ悲しいばかりである。


 私はこの作曲を一旦やめ、別の曲に取り掛かった。


 それからもあの夢を見続けた。

 私は詩を見つけた集落へと車を走らせた。


 『つまさかし』には木花之佐久夜毘売コノハナサクヤビメを祭る側面があるという。

 石長比売イワナガヒメの妹として邇邇芸命ニニギノミコトに嫁ぎ、姉に父に呪われ、火の中で子を産んだ神である。

 この地域ではその神格を山桜に見い出し、毎年男たちが蓆を巻きに山を登るのだという。


「煙は」


 あの煙はどこから登っているのか。

 集落の行事に山焼きなどは入っておらず、例年の写真にも煙は見えていない。


 私は山を登った。



むしろ しょいては

さか のほる


けむり のほりて

つま さかす



 山の頂上には管理された展望台と、不法投棄を戒める看板があるばかりであった。

 私は頂上からの景色をぐるりと見渡し、煙草に火をつけた。


 桜林の中に山小屋が見えた。


 半ば興奮していただろう。私は獣道を降り、山小屋に近付いた。

 火に炙られたかのように黒々とした壁、あの夢の続きを見ているようだった。


 私は扉に手をかけた。


「何しょ」


 振り返ると老人が居た。

 私は手を除けた。



いしに つまつき

さか おりる


はなに きつかれ

さか のほる



 老人から聞いた話によると、元は詰所だったこの山小屋で火事があり、彼は毎年犠牲者を弔っているのだという。


「サクヤビメば関係ね。さっと


 私は駐車場へと向かう前に、彼に尋ねた。


「犠牲者は、どういった方ですか」

「わが妻だ」



むしろ しょいては

さか のほる


けむり のほりて

つま さかす



 私はその地を後にした。

 夢はそれから見ていない。



  終

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