第43話 コロッケと三色丼と清掃員 3
俺の旅の相棒は中古のキャンピングカー。
六年前、なけなしの貯金を切り崩して購入した年代物のキャブコンだが、キッチンにシャワー、トイレも備え、日本中どこへでも行ける。
サービスエリアの片隅に停めてあったそれに乗り込み、早速ラップトップを起動。
これも六年前に買った、最後のメビウス。だましだまし使い続けているせいか、最近動きが悪い。生産終了後、どのメーカーの製品に乗り換えればいいかわからないままずるずると時間だけが過ぎてしまった。
さっき撮ったコロッケの写真と、三色丼のポスターの画像を取り込んだら、眼鏡を外し深呼吸。
けんちーは緩めの軽い語り口調が定番だ。
初期の投稿時に理由もなくそういう設定にしてしまったが、今では現実の俺との乖離に悩まされている。
今更変えられないが、毎回「どもども、けんちーです」から始めるこれ。
羞恥心で死ねる。
六年前の俺、なんでこんなキャラ設定にした。
俺がキーを打つ音だけ響く無音の車内。
傍らに置いた灰皿に、煙草の吸い殻がどんどん溜まって行く。
必死にテンション上げて書き続けること一時間。
ある程度目処が立ったところで小休止。
「……恥ず」
読み返すと泣けて来る。
いっそ動画サイトで全くの別人として最初から出直すのはどうだろう。
いや、でもなあ。
まだ世間の皆さんは、けんちーの記事を待ってくれているし。
気分転換にネットニュースで探索者情報を漁ってみる。
海外の方がダンジョン攻略は色々と進んでいるお陰で、次の国内のトレンドの予測を立てるのにかなり役立つ。
アメリカの
イギリスで
イタリアで新たに
フランスの新たな
こうやって見ると、日本は本当に遅れてるよな。いまだに
傍らに放り投げてあった眼鏡と帽子を掴み、休憩がてら外に出る。
コロッケをもう一つ買うのを忘れてたことを急に思い出したからだ。
駐車場は相変わらず混み合っている。
いつまでもここに居座るわけには行かなそうだ。
さて。夕方になると探索者の顔触れはどうなっているんだか。
コロッケを買う前にもう一度協会の方を覗いてみると。
受付前のロビー。相変わらず閑散。
探索者の数。三人。
って、さっきの大食い女と、ローブのロールプレイ二人組だよ、あれ。
「明日の朝、いつもの」
「はい、予約終わりましたよ、
カウンターにだらしなく頬杖を付き、受付をしている。
その言葉がちょっと引っ掛かった。
今、『いつもの』って言ったか?
あの大食い女、ここを根城にしている探索者だったのか。
本当なら、声を掛けて色々聞きたい。
でも、あれに取材するのは何か嫌なんだよな。
連れの二人も変な話し方のロールプレイ中だから、これはこれで話しかけにくい。
そんな俺の視線に気づいたのか、大食い女が振り返る。
「あんた、名前は?」
「へ?」
俺、だよな?
他に誰もいないし。
「名前」
なんで見ず知らずの人間に名前を教えなきゃならないんだ。
無言の俺をどう思ったのか、大食い女は勝手に何か納得したように頷く。
「あ、そ。じゃ、けんちーでいいや」
「なっ……!」
なんで俺のハンドルネーム知ってんだよ、この大食い女。
「いや、その呼び方は困ります……」
慌てて大食い女に近づき、俺は小声で懇願した。
職員さんくらいしかいないから声を抑える必要はないんだが、なんとなく。
「じゃ、名前」
「……
しぶしぶ名乗った俺に、大食い女は納得したように両手を打ち鳴らす。
「へー。最初と最後の文字組み合わせて
安直なのは、当時、あまり考えずに名前を決めたから。
付け直せるなら今からでも変えたい。
そんなことより。
「……なんで、俺のこと知ってるんですか」
大食い女は不思議そうに二度瞬きをした。
「だって、
いや誰だよ、それ。
「あんた、『千手アルテミス』に会いに行った時に、ケーキ屋のまどかちゃんナンパしようとしたでしょ」
げ。
去年の一番怖かった記憶。
視線だけで殺されるかと思った。
あの背の高い男の知り合いなのか。
あの町からここまで何百キロも離れているってのに。世間狭い。
「で、けんちー。あのさ」
「名前教えたでしょ! なんでわざわざそっちの方で呼ぶんです!」
わざとやってるとしか思えない。
「呼びやすいから。で、けんちー」
「……何ですか」
話が進まないので俺が折れるしかない。
「本部の広報がけんちーを探してる」
「本部っていうと……」
この場合、探索者協会本部しかあり得ない。
なんで俺。
好き勝手に情報垂れ流してるのがまずかったのか。
「簡単に言うと、お抱えにならないかってことじゃん? 今まで通り日本中ふらふらしながら給料出るってことでしょ?」
「……俺が?」
え、スカウト?
「見つけたら本部に引っ張って来いって言われてたのに、赤の阿呆はきれいに忘れて追い返しちゃったんだってさ」
何で俺を抱え込もうとしてるのか、意味がわからない。
そもそも本部から頼み事をされるこの大食い女は何者なんだ。
黙り込んだ俺に気づいているのかいないのか、大食い女は一人で喋り続ける。
「ま、あんたの無理して作ってるあの嘘くさい語り口調、私は嫌いじゃないから協力してやってるわけ」
いや待て。
俺、そういう風に思われてたのか。
「あんた、本当は性格悪いでしょ。ツラ見ればわかる」
「……初対面の人間によくそこまでずけずけ言えますね」
性格がどうこうの前に、この大食い女の人間性を疑う。
「そっちのキャラで売ればいいのに。手始めに屠殺天使とかばっさりやっちゃってよ」
「目が合ったら殴り殺されるって言われてるような凶暴な
俺がこの六年で、ずっと触れるのを避けている
屠殺天使はその筆頭だ。
別名を、頭のネジが三本飛んだ男。
まず最初に社交性が飛び、次に自制心が飛び、最後に倫理観が飛んだと言われている。
「あ、やっぱりわざと屠殺天使の話書いてないんだ?」
「……俺が紹介しなくても、もうとっくに有名でしょう、あの人」
既に同業者数人が果敢にも屠殺天使の記事を書いている。
インパクトしかない二つ名と、狂気染みた逸話だらけの男は、今では
あれの話をアップするくらいなら、
だったらいっそ毒吐きながら、
あれ? その路線、なんだか面白そうな気がしてきた。
たとえば、『
それとは逆に、『
ほかにも、変わり種の『ワンニャンパラダイス』とか。
まだまだ俺は語り尽くせていない。
そのためには新しい媒体にも積極的に手を出すべきだ。
ただ、協会の紐付きになったら自由に好き勝手なことを言えなさそうってのはある。
なんか、腹決まった気がする。
「あの……お断りすると伝えてください」
天下の探索者協会本部のありがたい申し出をその場でばっさりってのはさすがに無理があるかと思ったが。
「そう? わかった、言っとく」
実にあっさりと。
「フリーでまだやれることがあるっていうか、やりたいことがたくさんあるっていうか」
必死に言い訳する俺に、大食い女は片手を振って答える。
「あ、いいよ、そういうの。嫌なんでしょ、紐付き」
待て。それ、ものすごく印象が悪い。
いつか困ったら職員に就職しようって考えは捨てていないのに、それはまずい。
「頼みますから、そういう感じの悪い断り方したって言わないで!」
大食い女はにやにやしながら親指を立てる。
「大丈夫、任せといて」
悪意しか感じない笑顔だった。
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