第42話 コロッケと三色丼と清掃員 2
変な三人組からどうにか逃げ出し、俺は探索者協会の建物に向かった。
人で溢れ返るサービスエリアから来たせいか、受付前のロビーは閑散として見えた。
見えた、じゃないな、これ。本当に人が少ない。
探索者の数は片手で数えられる程度。
やっぱりこのダンジョン、はずれじゃないか。
とりあえず習慣的に、一番近くにいた査定待ちらしき探索者に声を掛けてみる。
「どうもー。俺、ここに初めて来たんですけど、このダンジョン、どんな感じです?」
「どうって……まあ、
予想通りの第一声。
「二十階層までは混んでるかな? そこから下は貸し切りみたいなもん」
潜行階層制限が二十階層までに定められているのはランクF。
もっともここに初めて来た人間は当然コインを持っていないから、一階層から始めるのが大半。
売店で買えないこともないが、わさわざコインを購入してまで深く潜る必要もない。
ランクに関わらず、泊まるつもりがないなら、そんなに長時間潜らず浅い層までしか行かないだろうし、二十階層止まりは妥当なとこかな。
「珍しいモンスターとかいました?」
「普通かなあ?」
これといった特徴もないのか、ここ。
「あ、モンスターじゃないけど、サービスエリアの人はたくさんいた。エプロンに三角巾着けて、山菜みたいな草採ってた」
それはサービスエリアあるある。
ダンジョン産の野草を使った料理を出している所は多い。
スキル【採取】で一瞬にうちに刈り取る姿は大抵のサービスエリアの名物になっている。
普通だ。
はずれだ、はずれ。
予定を切り上げて帰ろうかと思った時。
「抜いたぞ!」
入口の近くで誰かが叫んだ。
おいおい、抜いたってまさか。
つられてそちらに顔を向ければ。
なんと探索者が二人、抜身の剣を構えて対峙している。
なんだ、これ。
俺も全国各地のダンジョンを何箇所も回って来た。日本には色んな探索者がいるのは知っている。
喧嘩っ早い奴も、いないことはない。
たまに揉める奴等がいることも、勿論知っている。
でもな。
協会支部で剣、抜くなよ。
言うまでもないが、探索者が許されている武器の携帯は、万が一氾濫現象が起こった時にすぐに対処する為だ。
対人間で遣り合うためじゃない。
見たところ、どちらも低ランク。俺でもその気になれば仲裁できる程度のレベルだろう。
今、一階のロビーにいる探索者は、俺が取材していた男を入れても四人。
一人は今、抜いたと叫んだ男。
残りの三人は目を丸くしている。そりゃそうだ、こんなとこで刃傷沙汰を起こす奴がいるなんて、俺にも信じられない。
下手に割って入って一緒に処罰されたくないという思いもあるんだろう。止められるが、止めたくない。
皆が遠巻きに様子見に入ろうとした。
と。
空気を切り裂く音がロビーに響き、二人の手から剣が床に落ちた。
俺の目では何も捉えられなかったが、隣の男は即座に入口の方へ顔を向けた。
そこにいたのは。
『無粋よの』
フードコートにいた、ローブを着た中二病の二人だった。
同じローブを被り、並んで立つ二人は身長も同じ。見分けを付けるのが難しいくらい。
ただ、左に立つ一人の手には、長い長い一本鞭があった。
さっきのでかい音はあれか。
俺の予測だが、あれが一瞬で二人の剣を叩き落としたんだろう。
一瞬で剣を二本。落とせるのか。いや、実際落ちてる。
やっぱり高ランクは凄い。
問題の二人は揃って手首を抑えて苦悶の表情。
衝撃が伝わったのか、それとも鞭が当たったのは剣じゃなく手首だったのか。
どちらにしろ痛そうだ。
そして、そんな二人の真横に、いつのまにか立つ作業服の男性。協会の清掃員さんだ。
足音しなかったのに。
目深に被ったキャップの下の顔は見えない。
低い声で二人に何か一言二言囁くと、問題を起した二人は一気に青褪めた。
二人の肩に手を回し、ゆっくりと廊下の奥へと連れ去る。
知ってる、あれ【威圧】だ。
あの二人、どうなるんだ。
「あーあ……清掃員に捕まったら体重十キロは減って帰って来るって知らなかったのかな、あいつら」
隣の男は「かわいそうに」と手を合わせる。
「清掃員さんって恐いんです?」
知ってそうな奴から情報収集。
「俺も見たのは地元で二回だけなんだけどさ。清掃員って目茶苦茶強いんだよ」
ビル内の揉め事をどこからともなく現れて簡単に鎮め、問題を起した奴を連行する。それが清掃員らしい。
「まず武器は没収。安くないのに、また金貯めて買うの大変だろう? そもそも武器無しで潜るのもきついし」
他にも罰金と一ヶ月の全ダンジョンへの入場禁止。
「最低十五万らしいからなあ、罰金。全国の協会支部に通達出されるから、どこのダンジョンにも潜れないし」
まあ、揉める奴が悪い。
「それも今回は抜刀だろう? ただでさえ奥で、体重減るような説教をみっちりされるってのに」
普通より重い処罰が待ってそうだ。
それより、止めるためとはいえ、同じく武器を人に向けたローブの女性はどうなるのか。
気になって振り返るが、二人の姿はもうどこにもない。
え、まさか捕まる前に逃げたとか?
俺の隣の男も気づいたらしく、周囲を見回している。
「うわ……逃げ足早いなあ」
「ですね」
別の清掃員が床に落ちたままの二人分の剣を回収するのを見ながら、今日は清掃員の話をアップすることに決めた。
ほら、こんな普通のダンジョンでも、何かしらネタは拾えるもんだ。
コロッケと三色丼と清掃員。今日のタイトルはこれだな。
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