第50話 メートル・ドテル 7
確定申告。
その単語に
「え……マジ? 確定申告って……あれ? 国家機密……」
必死に手元のキーボードを叩き、圭悟はデータを読み込み始める。
「免許証だって本名だろ! ほら!」
どこからともなく取り出した免許証には、
勢い良く顔を上げ、圭悟は銀剣の手元のそれを見つめる。
デスクからソファまで距離があるが、圭悟の目ならば記載内容の全てが見えているはずた。
「免許って……
「持たずに運転出来ねぇだろ!」
ドライブは銀剣の趣味の一つ。
銀剣の【収納】には乗用車と大型二輪が何台も入っている。
それは吾輩も知っている。
だが、吾輩は犬だ。運転に何が必要なのか、吾輩はこれまで関心を抱いたことがなかった。
ならば成人男性の圭悟はどうかと言えば。
「……そうだよね。うん、俺も全然運転しないけど、何か、惰性で更新しちゃってるし……」
圭悟の悪い癖は、ヒーローの格好の良い部分ばかりを見てしまうことだ。
ヒーローにも、当たり前の日常生活があるのだと考えたくないのだ。
本当なら、銀剣には
「そうか……免許……考えてなかった……」
圭悟は頭を掻きむしる。
「運転免許証ってどこの管轄……? 大臣にドロップの流通止めるとか言えばどうにか……」
「落ち着け
圭悟が物騒な手段を口にしたことで、銀剣の声が更に大きくなった。
「決めた……探索者証に免許も内蔵させる。読み取り用の端末新しく作って、警察に提供する……!」
さすが圭悟。
時折バージョンアップさせてはいるが、まだ追加できる機能が残っていることに気づくとは。
吾輩の飼い主は、
「なあ楠木、仮面外してる時は普通に本名で動き回っていいんじゃねぇの?」
圭悟、吾輩もそれには同意する。
「やだ!
「おい、いつのまにかどこに行ってもどいつもこいつも揃って俺を銀剣って呼ぶようになったの、まさかおまえ……」
諸外国では
代わりに圭悟が出したのは、各支部への緊急の本部長命令。
彼奴らの通り名を、さりげなく探索者達に広めること。
仮面の人物について問われた際には、あれが日本の
「……楠木、おまえ本当にいかれてるよな」
この十年、圭悟がダンジョン管理を盾に変更させたいくつかの法律。その殆どが彼奴ら五人の為の物だと、当人達は気づいているのだろうか。
「銀、来年までにはどうにかする。だからそれまではスピード違反で捕まらないようにして」
真剣な面持ちで懇願する圭悟に、銀剣は眉を更に釣り上げた。
「おまえ、ネズミ捕りの心配してたのかよ! 俺はいつも法定速度内だ!」
苛ついている時の銀剣は無意識に【威圧】を発動する。
部屋の温度が一気に下がった。
同時に【氷冷魔法】も発動したらしい。
おそらく自分の頭を冷やすことが目的と思われる。
銀剣は意気消沈しているよりも、激昂している方が良い。
吾輩は床に寝そべったまま、思い切り伸びをした。
◇
その男は、四十を過ぎてついに自分の店を持った。
今日からオープンする新しい店の前で、その外観を何度も眺める。知人から送られた花々で飾られた小さな店。
傍らには、ホールを仕切ることになる妻。
幼馴染が行方不明になり荒れていた時期を支えてくれた女性だ。
先日、偶然その幼馴染に似た人物を見かけた気がした。
ダンジョンの近くだったことから、もしや探索者になっているのでは、と職員にも尋ねた。
数時間探し回ったがその人物はいつのまにか立ち去っていたらしく、手掛かりは無し。
そんな二人に、追加で大きな花籠が届く。
差出人のない届け物に夫婦は少しだけ困惑しつつ籠を持って店内へと戻る。
◇
「
新規オープンのフレンチレストランから離れること数十キロ。
住宅街にあるコンビニの前。
買ったばかりのホットコーヒーの蓋を取り去り、カップに口を付けたピアスだらけの男の傍ら。
片側だけ前髪の長い男がカフェオレを片手に持ちながら問いかける。
「分かっちまったら面倒くせぇだろ。……あいつの飯、食いに行きてぇけどな」
「二十年くらい待てば、さすがに遊矢だって気づかれないんじゃなーい?」
サルエルパンツ姿の男が悪戯好きの子供のような目で尋ねると、革ジャンの男は顔を顰める。
「俺の息子だとか思われねぇか、それ」
「大丈夫だよー、遊矢にそんな甲斐性ないって知ってるでしょ。オレも食べてみたいから一緒に行こうね?」
笑顔の誘いに、ピアスだらけの男はやや不機嫌になる。
「女っ気ねぇのは
名を呼ばれたことで、片側だけ前髪の長い男は一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐにいつもの笑みを浮かべる。
「この後暇ー? 一緒にダンジョンで遊ぶ?」
ピアスだらけの男はコーヒーを飲み干し、眼前に【地図】を表示する。
「バイクで行けば十分か。乗れ」
それまで何も無かった二人の前の空間に突如現れるスズキのハヤブサ。
放り投げられたヘルメットを受け取り、片側だけ前髪の長い男は楽しげに笑った。
「遊矢に乗せて貰うの初めてだねー。あ、そうだ、途中にある無人販売寄ってくれる?」
一瞬で移動できる手段を有していながら、敢えて時間を掛ける理由は尋ねない。
その気遣いに感謝しつつ、それを顔には出さず、ピアスだらけの男は呆れたように「おまえまた野菜買うのかよ」とだけ答えた。
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