第49話 メートル・ドテル 6

 吾輩と圭悟けいごは、SSダブルの過去について履歴書より多少ましな程度にしか把握していない。


 銀剣ぎんつるぎと呼ばれる男、高寺たかでら遊矢ゆうやは年齢は圭悟より一つ上、探索者になる前はレストランで働いていたと聞く。


 吾輩は生まれてこのかた、外食に連れて行って貰ったことがないのでよくは知らぬが、ギャルソンと呼ばれる職だったらしい。


 それがある日、どういった理由からか講習会に参加し、特殊なスキルを得たことで職業探索者となった。


 親は健在だが、探索者になる前から絶縁状態。

 学生時代の友人との卒業後の付き合いは無し。

 普通の社会人だった頃からあのファッションで、さすがに勤務中は耳と口のピアスを外していたようだが、職場での評判は良くない。

 同僚とのプライベートでの付き合いは皆無。


 友と呼べるのはフランス料理の店で修行中だった幼馴染のみ。

 夢は二人で店を出すこと。


 昔、幼馴染の父の店を両親と訪れた際、ホールで目にした一人の従業員の立ち居振る舞いが高寺遊矢の琴線に触れたらしく、ホールを取り仕切るメートルドテルが彼の目標となった。


 食事に行った高級店で、料理ではなく給仕に注目する少年というのは、吾輩の常識からしてもやや珍しいと思えるが、元々幼馴染が早い段階から料理人を目指していたことも影響した可能性がある。


 だが高寺遊矢は、その幼馴染にも何も告げずに姿を消すことになる。


 それ故、十年以上の歳月を経た今、高寺遊矢を追う者がいるとすれば、それは唯一人なのだ。


ぎん……あのさ」


 精算待ちの時間を本部長室で待機することにしたまでは良かったが、ソファに座ったまま銀剣は無言だ。


 仕事をする振りをして誤魔化していた圭悟だったが、さすがに十分以上続く沈黙に耐えかねたのか、意を決して話しかけた。


 だが、圭悟の言葉を遮るように銀剣が口を開く。


「おまえは悪くねぇ。ムサシも悪くねぇ。最初にやべぇスキル貰っちまったが、そこから先は俺が自分で好き好んでスキルを取った」


 最初に与えられる特殊スキルは【獲得SP100倍】。

 これにより、スライム一匹で得られるポイントは100になる。

 

 取得制限レベルが『1』のみとなっているスキルがあることは、一般には公表されていない。

 レベル1の間だけ表示されるそれは、必要ポイントが100。

 つまり、レベル1でSPを100持っている人間にしか見ることができない。


 スライムを三匹倒すとレベルは2に上がる。

 普通の人間がレベル1の間に取得できるSPはたったの2ポイント。

 取得可能スキルの一覧にはまだ何も表示されない。


 だが、【獲得SP100倍】を得た人間は、100ポイントで取得できる全てのスキルリストを閲覧することになる。


 そこには講習会を終えたレベル10の人間が通常見ることになるリストだけでなく、レベル1の時にしか取得できないスキルも並んでいる。


 講習会で一匹目のスライムを倒した直後にそれらの存在に気づき取得する。

 その場には吾輩も圭悟もいない。自力でそれらの意味を知ることが、彼奴らにはできた。

 海外で多くの人間が、スキルリストの閲覧を後回しにしたためにここで脱落したというのに。


 そして彼奴らはその100ポイントで、【スキル取得必要SP100分の1】を得る。

 この二つのスキルを持ち、二匹目のスライムを倒す。

 再びSPは100になる。

 今度は、リストにあるスキルが1ポイントで取得可能な状態へ。

 本来100ポイント必要なスキルが百個も取れることになる。


 まだ彼奴らのレベルは1。

 残されていたレベル1限定スキルの【獲得経験値100倍】、【レベルアップ必要経験値100分の1】、【ドロップ全排出】、【獲得スキル経験値100倍】も、全て合わせてもたったの4ポイントで取得できるのだ。


 残るポイントは96。

 通常ならば9600に相当する。武術スキルも魔法スキルも取り放題だ。


 そうして彼奴らは常識外の早さで成長する。


 更にもう一つ。一般に公開していない情報。

 スライムのレベルキャップは嘘だ。


 レベル10になるとスライムから経験値を得られなくなるのではない。

 経験値を得ることができる討伐制限数が、スライムは百匹までなのだ。


 普通の探索者は百匹倒すことでレベル10に達する為に生じた誤解だ。


 つまり彼奴らは、講習会でスライム百匹を倒すだけで、既に尋常ではないレベルに達していたわけだ。


「最初に魔法を取得したツイてる奴でも、探索者にならなかった例があんだろ? 俺達もあのスキルリストを無視できたのに、わざわざ自分からやべぇものをどんどん取った。おまえらは悪くねぇ」


 彼奴らとの付き合いも既に十一年。

 これまで一度も、彼奴らは圭悟を責めはしなかった。

 圭悟も、面と向かって詫びたことはない。

 互いにそこには触れずに来た。


「でも、銀。お前達に名前も生活も捨てさせ……」

「おい! 生活基盤は捨てたけどよ、名前は捨ててねぇぞ?」


 さすがの吾輩も、意味がわからず思わず身を起こした。


『捨てたも同然ではないか』


 銀剣は眉を釣り上げ、吾輩を見下ろす。


「お前らアホなのか!? 俺の確定申告、毎年本名で出してるだろうが!」

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