第11章 紫紺の暗殺者
第51話 紫紺の暗殺者 1
1310番ダンジョンから1330番ダンジョンを中心に、数年前から密かに語られる都市伝説がある。
ある者は、頭から膝下までを覆う漆黒のマントを纏っていたように思う、と証言した。
別の探索者は、紫系統の短剣二本を操る双剣使いのように見えた、と告げた。
速すぎて姿が見えなかった。
気配が希薄で、いつの間にか現れ、いつの間にか消えていた。
顔は全く見えなかった。
見たはずなのになぜか顔を覚えていない。
忍者か暗殺者のような身のこなしだった。
並のランクAなど比較にもならない強さ。
ランク
いつからか、その人物は『紫紺の暗殺者』の二つ名で呼ばれ始めた。
◇
俺が地元に戻って五年。
住み慣れると想像以上に快適で、未だに職員寮の部屋を借りて生活をしている。
ちなみに
連絡先を交換するくらいのことを、何故あの時俺は思い付かなかったのか。
「
一階奥の、住居用のエレベーター前で俺に声を掛けて来たのは、作業服を着たビルの清掃員。
エレベーターを待つ間スマホで眺めていた、けんちーが去年から始めた配信動画を閉じ、ポケットに仕舞う。
「
俺に「制服を着る機会はあまりないだろう」と説明した張本人がランクAだった時の衝撃。
あの一週間は、俺のガイド役の為に滅多に着ない制服姿だったらしい。
わざとらしく撫でつけたオールバックも偽装。
普段の須藤さんは、キャップから長めの前髪を垂らし、眼鏡も使っていない。
眼鏡を外した須藤さんは眼光鋭い強面だった。
「今受付の前で噂になってましたよ、紫紺の暗殺者が出たって」
「……その呼び方やめてもらえます?」
切実な。
今の俺の最大の悩み。
なんで俺に、そんな恥ずかしい二つ名が付けられているのか。
スキル構成が悪いのか、戦闘スタイルが悪いのか。
忍者だとか暗殺者だとか言われ出し。
たまたまドロップした双剣の使い勝手が良かったので愛用し始め。
それが紫色だったことで人の印象に残り。
結果。
俺は
「
俺が知っている限りでも、
他人事だった時はそれほど気にならなかったが、自分の身に降りかかるとこれほど精神的なダメージを負うとは。
面と向かって呼ばれたら立ち直れそうにない。
二つ名がついてからは意識して顔を見せないように振る舞う癖がついた。
お陰で、こうやって職員の人達がからかってくる以外に、俺をその二つ名で呼ぶ探索者はいない。
もしかして黒太刀が『
「雑賀さんが近場のダンジョンで小まめに人助けをしたお陰で、紫紺の暗殺者の評判は良いんですよ」
「いや、困った時はお互い様ですし……多少のヘルプは誰でも普通にやってることですよね?」
ごくごく普通の、ちょっとした手助けを時々しているだけのはずなのに。
「突然現れ、突然消える。しかも速い、強い。使っている得物もなんだかかっこいい、という感じで他の人よりもインパクトがあるようです」
神出鬼没に見えるのは常に【隠形】を使って移動してるからで。
スピードが出て見えるのは、ただの【加速】と【跳躍】の合わせ技。
時々【幻惑】で顔を誤魔化しているが、どれもソロで潜る探索者が選ぶごく普通のスキルのはずなのに。
エレベーターが一階に止まり、須藤さんに挨拶をして乗り込もうとした時。
館内放送が流れた。
『1320番ダンジョンにて氾濫現象発生! ランクA以上に出動要請! ランクA以上は1320番ダンジョンへ急行してください!』
エレベーター内に踏み入れるべく片足を上げた状態で、俺は須藤さんを振り返る。
「1320番、ってどこのダンジョンでしたっけ?」
「駅前広場ですよ」
ああ、あれか。
「行ってらっしゃいませ」
「……行ってきます」
そう言いながら、須藤さんの足も更衣室に向かっている。
職員とはいえランクA。須藤さんも装備を整え問題のダンジョンに向かうんだろう。
廊下を走りながら【収納】からマントを取り出し、頭から被る。九十階層のボスからドロップした、高い防御力を誇る逸品。
同時に【隠形】を自分の周囲に展開。
ロビーの前は右往左往する探索者で溢れ返っていた。もう誰も俺を認識していない。
すぐさま【加速】で人々の合間を縫って外へ。
ビルを出たと同時に思い切り地面を蹴る。
俺の両足を地に戻そうと働く重力に抗い、【飛行】で空へ。
高く高く。
空気抵抗。俺の行く手を阻む。更に強く【飛行】を発動。
氾濫現象発生後、三分以内にダンジョン内に【拡声】で警告、そして支部内へ報告。
近隣のダンジョンへ通達が出されるまでに更に一分。
職員の研修を受けた時にそう習った。
俺が放送を聞いてからもう二分近く経っている。
氾濫現象発生から、計五分。
もし十年前のあの時のように浅い層に核モンスターが転送されていたら、既に犠牲者が出ている可能性もある。
俺は更に速度を上げ、駅前広場を目指す。
町のいたる所で警告放送が流れている。
一般市民はダンジョンから出来るだけ距離を置くように、戦える探索者は応援に向かうように、と。
程なく眼下に駅舎とダンジョンの入口が迫る。
一瞬、速度を落として安全に着地することも考えたが、一秒でも早く到着することを選び、減速せずに突っ込む。
それでも地面に激突するのは恐い。ぎりぎりのタイミングを計って一気にブレーキ。
風を切る音。耳に、皮膚に、小さな痛み。
自分から進んで急降下するとか、俺は馬鹿なんじゃなかろうか。落ち着いているつもりだったが、実はかなり動揺してたんだな、俺。
ダンジョンゲートはもうすぐそこ。
俺は必死に減速し、どうにか両手両足をついて着地。
これ、【隠形】掛けてて良かった。かなり不格好な降り方になったと思う。
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