第45話 メートル・ドテル 2

 乱れた髪を手櫛で整え、圭悟けいごは吾輩を伴い、応接室を出る。


 同時に廊下で待機していた本部職員の手塚てづかみやこが声を掛けて来た。


「本部長、先月オープンした道の駅ですが。ご指摘の時刻に新たなダンジョンが発生しました」


 ダンジョンがいつどこに出来るのか、吾輩はその二十四時間前に感知することができる。

 圭悟を介して既に昨日のうちに全支部に通達は出してある。


「了解。すぐに向かうよ、ヘリは?」

「いつでも行けます。屋上に向かいますか?」


 一度緩めたネクタイをもう一度締め直し、圭悟は歩きながら内ポケットから携帯電話を取り出す。

 二つに折れるボタン付きの電話機だろうが、薄い板状であろうが、吾輩の前足では使えないので所有は諦めている。


「俺。現地には着いた?」


 電話の向こうで相手が圭悟の動きが遅いことを指摘する言葉を二、三掛ける。

 吾輩の耳はその全てを鮮明に拾う。


「客の予定があったんだから仕方ないって。しばらくそこで仁王立ちしてて。誰も入れないでくれよ?」


 通話を終え、圭悟は足早にエレベーターに向かう。


「本部長の指示通り、2611番支部と2612番支部から人員を送り、発生予定地は十五分前から閉鎖中です」

「ありがとさん」


 人が集まる場所が新たに出来れば、ダンジョンもまた生まれる。

 ダンジョンが誕生したとなれば、吾輩がゲート前に改札を設置しなければならぬ。


 発生予定地の隣の空き地も、昨日のうちに圭悟が支部建設の為の確保に動き出している。


「浅井も現地に入りました。【電子干渉】でゲート周辺の撮影の制限を始めております」

「SNSに映像出されたくないからね、間に合って良かったよ」


 エレベーターに乗り込み、圭悟は手塚に話しかける。


「異動する職員のリストは出来てる?」

「昨日、希望者を募りましたが、必要人数に達していないため近隣から調整するしかなさそうです」

「いつになったら人手が足りるようになるんだよ……」


 協会を作って早十四年。

 圭悟には苦労ばかりかける。


     ◇


 残念ながら吾輩と圭悟のレベルはSSダブルのランクに達していない為、代名詞スキル【転移】は使えない。遠方へは物理的な移動が必要となる。


 圭悟は移動中も手元の端末で日常業務を捌くが、時折吾輩を撫でることも忘れない。

 理想的な飼い主である。


 山間に目的の二階建ての建物が小さく見え始めた時、その片隅に新たに口を開いた洞窟のような物も視認できた。

 入口の周囲を固めるのは、協会職員の制服。十人がかりで強固な【結界】を張っている。


 遠巻きに眺める野次馬の対処に更に十人。

 職員だけでは足りないそれは、地元の警察にも協力を要請している。

 

 駐車場の一角は吾輩達の為に空けられており、その空間を確保する為に更に十人。


 そして。

 入口の結界の真正面に立つ、仮面の男。


「お、偉い偉い。ちゃんと大人しく見張り役こなしてるな」


 豆粒程度のその姿も、吾輩と圭悟にははっきりと捉えられる。


 白いスタンドカラーのシャツのボタンは全て留められている。普段はあらゆるボタンを開け放っているというのに。


 紺色のジレもきっちりと前を留めており、左肩からは手首まで覆う同系色のペリース。

 身長と変わらぬ長さを誇る銀色の大剣は、竜の豪奢な装飾が施された鞘に納められ、自らの正面に真っすぐに地に立ててある。


 コンクリートに刺すでもなく、何の支えもなく垂直に立つ大剣に野次馬が更に集まっている。

 人を寄せ付けぬために入口前に配置したはずが、逆効果ではあるまいか。


 幸い、スキル【電子干渉】を持つ職員により、ダンジョンの周囲を写真や映像に収めることはできないが。


 圭悟が撮影されたくない物は、言うまでもなく、ダンジョンではなくあの男だ。


 仮面の当人は、胸の位置で両手を組み合わせ、圭悟の指示通りに仁王立ち。

 それすらも騎士のように見えるから不思議だ。


「良し! ポージングまで完璧だな!」

「……本部長、何をご覧になっているんです?」


 乱れた髪は、付き添って来た手塚が移動中にセットし直しており、圭悟は完全によそ行きのスタイルに仕上がっている。

 残念ながらこの職員は【遠見】のスキルを所持していないらしく、吾輩と圭悟が見ているSSダブルの姿を把握できていない。


 圭悟が何を感じているのか手に取るようにわかる。


 自分の作ったヒーローの格好の良い姿を自慢したいのに見て貰えないもどかしさだ。


「すぐに降りる。今すぐ降りる。飛び降り……」

「本部長! 人が見ています! 落ち着いた大人のイメージを植え付けるチャンスなんですから、出来る限り時間をかけて勿体ぶった感じで登場してください!」


 この雌は圭悟の秘書のような立ち位置になって何年だったか。

 圭悟の同類でなければ側仕えは無理だと思ったが、この差し迫った状況下で演出を重視する辺り、圭悟と気が合うようで何より。

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