第11話 古竜の血 3

 食堂の片隅で、けんちーさんと呼ばれる人気ブロガーの探索者ブログ『たんたび』を見ながら、俺は黙々と食事を続けていた。

 運が良かった。

 氾濫現象中にダンジョンに潜ってはいたが、大きな怪我もなくどうにか収束まで持ちこたえた。


 おまけに、夕食は無料。

 家族には自分の分は用意しなくて良いと、氾濫収束と同時に連絡を入れてある。

 近くにいた中年の探索者が「美味い飯が出るぞー!」と叫んだのを聞いたからだ。


 食堂の中央付近で今は仲間達と酩酊している名も知らぬその中年男性のお陰で、家族は食材を無駄にせずに済んだ。

 そして俺はタダ飯。本当に助かる。


「お、ここ空いてんじゃね? 兄ちゃん、いいか?」


 声を掛けられ顔を上げると、この辺りでは見かけない五人組が自分の座るテーブルを指差し立っていた。


 小柄な、眼つきの鋭い若い男性。多分俺と同年代。

 スタッズやチェーンが幾つも付いた、装飾の多い革のライダースジャケット。

 ジャケットの下のシャツは、俺だったら絶対に買わないような派手な幾何学模様。

 細身のパンツも革製。ゴツいブーツ。いやこの格好で戦えるのか? 動き辛そうだけど。

 両耳は上から下まで隙間なくピアスだらけ。唇にもピアス。

 コンビニの前で因縁を付けて来そうな外見。

 正直ちょっと恐い。


「は、はい! ど、どうぞ……」


 ちらりと連れの四人を見る。


 戦闘に向かなそうなワイドパンツ。全体的にゆったりとした服装の、やたらと綺麗な顔の男性。右側の前髪だけが極端に長い。ジャケットの袖は肘まで折り返してある。そしてずっと笑顔。胡散臭い。これも同年代に見える。


 ショートパンツから何の防具も装着していない素足を覗かせる女性。足だけでなく臍も出ている。まだ春先なのにタンクトップ。布が少なすぎる。高い位置で髪を結っているのに、毛先は腰まである。解いたらどこまであるんだ。値踏みするような猫目が恐い。


 肩口で髪を切り揃えた女性は、アシンメトリーのモッズコートに、同じくアシンメトリーの足首まである長いスカート姿。キラキラの大きな瞳。けれど無表情。


 少し長めの癖毛を後ろで一纏めにした切れ長の瞳が印象的な背の高い男性は、時節を無視し、ボリュームの有りすぎる立ち襟のロングコートの中にハイネック。


 何この人達。

 探索者には変人が多いけれど、服装にまず戦う意識が感じられない。誰も武器を持っていないし、防具もない。違う意味でおかしい。


 もっとおかしいのは。

 手に持つ皿に盛られた肉の山の高さが、全員、軽く三十センチはあることだ。

 それ全部食べるんですか、あんたら。


「これこれ! 1755番にまさかコカトリスがいるとは思わなかったぜ!」

ぎんちゃん、コカトリスの唐揚げ大好きだよねー。オレも好きだけどー」


 え、この鶏肉、コカトリスなの?

 思わず箸の先の唐揚げを凝視した。


「そういえばくろ、おまえ前に偶然行った先で火属性一式出てただろ。俺、水属性の出たから大太刀やる。代わりに火の大剣寄越せ」

「えーいいなー、オレも火と水のメイス欲しい。雷の大太刀と大剣あるから交換してー」


 何だろ、この人達。

 座るなり唐揚げをどんどん口に運び、皿の山は一気に四分の一になった。しかも喋りながら。


「銀ちゃん銀ちゃん、ドラゴン焼けたみたいだよー」

「マジか! あれ焼き立てが一番美味いんだよな! おまえらの分も俺が取って来てやる! あ、兄ちゃんも食うだろ?」


 立ち上がりながら、怖そうな人が俺にも声を掛けてくれた。

 掛けてくれたけれども。

 俺の返事など一切聞かずにステーキの方へ向かってしまった。

 いや、食べるから問題はないんだけど。


「ごめんねー、銀ちゃんせっかちだから」


 顔の良過ぎる人がフォローしてくれる。

 その時になって漸く、残りの三人も俺の存在を思い出したかのようにこちらに視線を向けた。


「あんた仲間は? いっつも一人で潜ってるわけ?」


 臍出しの一番ラフな格好の人が、見た目通りにフランクに話しかけて来た。


「あ、はい」

「へー。でもこういう時くらい、顔見知りと盛り上がればいいんじゃない? こんな隅っこでモソモソ食べてないでさ」


 あまり知り合いもいないから。

 言いかけて、完全にぼっちの発言だ、と気づいた。


「ああ、ダチがいないのか」


 ストレート過ぎる。


「ごめんなさい。きんさんにはデリカシーが無いんっす」


 コートの人が初めて口を開き、座ったまま頭を下げた。

 頭を下げているのに肉を取る手は止まっていないけれど。

 そんなことよりも。ちょっと待って、めちゃくちゃ良い声なんですが。イケボで『っす』は酷い裏切りだ。


「いえ、本当に知り合い少ないですし」

「……お前達全員、相席して貰っている立場だという自覚はないのか」


 ここで初めて、瞳の綺麗な人が口を開く。少し低めの声で仲間達を諌めてくれる。

 表情は変わらないが良い人なのかもしれない。

 肉に手を伸ばし続けたままではあるが。


 この人達全員、俺よりも唐揚げの方が大事なんだろうなあ。


 そういえばあの怖そうな人はどうしただろう。

 不意に配膳の方を見ると、割り込むような真似はせず、普通に列に並んで待っていた。

 あんなに怖そうなのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る