第12話 古竜の血 4

 程無く、怖そうな人が器用に片手に三枚ずつ、計六枚の皿を持って戻って来た。

 さっきから思っていたけれど、この人、所作がとても奇麗だ。

 どこかの高級店の給仕のような動きなのに、ファッションはハード。

 何この訳の分からなさ。


「一人二切れずつらしいぜ。ま、下手に食い過ぎて副作用とかあったら恐ぇしな」


 副作用、あるんですか?

 俺の前にも置かれた皿。食べて大丈夫なのか。

 そんな俺の様子に気付いたらしく、怖そうな人は口の端を上げる。


「知らね。この種類、日本で出るの初めてだから」

ぎん揶揄からかうな。海外では問題なく食用だと判断されている」

「へえー、くろちゃんは物知りだねえー」

「食べていいみたいっすよ」

「じゃあいただきまーす。……美味っ」


 臍出しの人が迷わず箸を伸ばし、一気に口へと運ぶ。

 食べられる、らしい。


     ◇


 同じく一階にある査定室では、担当の職員が力無く床に座り込んでいた。


 部屋に入るなり、生気の無い職員達の姿を目にした支部長は、おおよそ予想通りの光景に溜息を吐く。


 氾濫現象の核モンスターからのドロップ品の内、武具だけは買取不可だ。

 値段が付けられないという理由で。

 それ以外のアイテムについては、討伐者が協会に売りに出した物全てを買い取るという規定がある。

 たとえどれほど大量に出されたとしても、全部査定し買い取らねばならない。


 今のところ、国内で核モンスターを討伐できるのはあの五人しかいない。

 そして彼等は五人しかいない都合上、核モンスターを討伐する頻度が非常に高い。

 そのため、核モンスターのアイテムは彼等にとって珍しいものではなく、どちらかと言えば余剰在庫となりがちだ。


 つまり、彼等は惜しみなくアイテムを売りに出すのだ。


 さすがに今回は古竜ということで、彼等も自分達で相当量を確保するのではないかと思ったのだが。

 彼等が売らなかったのは、五人で平等に分けられる物だけだった。


 心臓や眼球、髭といった五で割れない物は全て売ったのだ。

 更に、五人で分けても余ったから、と血液瓶や鱗、食肉ブロックも信じられない量を受付カウンターに差し出した。

 彼等が言うには、普通のドラゴンの三倍くらいの大きさだったらしい。だからドロップ量もそれに比例している、と。


 ついでに核を探して各階層を周る間に倒したモンスターのドロップは更に多かった。


 普通の探索者ならば、それらをいちいち拾う余裕は無いだろうが、彼等には高レベルの【収納】がある。自分で倒したモンスターのアイテムを、触れることなく自動的に回収するという反則技を使い、取り零しなく全てを持ち帰った。


 協会職員達は初動でのミスを取り返すかのように、迅速に海外の事例を調べて試算を行い、本部の承認を得た。

 国内初だというのに、一時間程度で全ての査定を終えた。

 それと並行して、他の探索者達が持ち帰った品々の査定も行った。


「皆、ありがとう。これ、私の奢りよ」


 古竜の食肉の何キロかを、支部長はオークションに出す前に個人的に購入した。

 去年のボーナスと給料何ヶ月か分が吹き飛んだが、部下達は金に代えられない働きをしてくれた。


 たった今厨房で焼いて貰ったステーキを差し出すと、職員達はふらつきながら立ち上がった。


「ありがとうございます、支部長。それで、SSダブル達はもう引き上げたんですか?」


 言い辛い。

 精算をせずに、数メートル先でのんびり食事をしているなんて。


     ◇


「マジかよ、おまえ! 大学休学して、死んだ親父の借金返しながら妹の入院費と、弟二人の学費まで稼いでんのかよ!」


 声が大きいです。それに俺一人で全てを稼ぎ出しているわけじゃない。


「母もパート二つ掛け持ちしてますし。それに俺なんて今日やっとランクCになったくらいで、全然稼げてないです」


 だから一食分、費用が浮くのは本当に助かる。


「それにしても、妹が入院か……」

「何っすか、黒さん」

「西欧で二年前、古竜の血液を試しに一滴飲ませたら、手の施しようがなかった様々な病の患者達が一発で治った。何が効いたのかはわからないが、今では万病の特効薬として認知されている」


 古竜か。日本ではまだ未確認の核モンスターだ。

 おそらく平常時は相当深い階層にいる。氾濫現象で核化し上層に偶然湧いて出る。

 この国でいつそれが出るのか誰にもわからない以上、そんな物に頼ることはできない。


「じゃあ、さっき黒が血を多めに売りたいって言ったのってさ、そういうことなわけ?」

「……別に。欲しがる人間は多いだろうと思っただけだ」

「オッケー。んじゃこれお前にやるわ」


 ん?

 怖そうな人が俺の前に一本の瓶を置く。

 どこから出したんだろ、これ。


 ガラスのようなプラスチックのような透明の、缶コーヒーくらいの小さな瓶。

 中に詰められた赤黒い液体が透けて見える。


「銀さん、そのままだと偽物だと思われるっす。受付で鑑定書作って貰わないと」

「譲渡証明書もいるんじゃないー? ランクCが持ってても盜んだと思われるかもねー」


 今の話の流れで。

 この瓶。

 まさかでしょ。


「でもさあ銀、妹はこれで解決できても貧乏はどうにもならないわけでしょ? 私、良いこと思いついちゃった」

「お前、はっきり貧乏とか言うんじゃねぇよ!」

「だって簡単に言ったらそうでしょうが。そうじゃなくて、ここらへんってランクA一人もいないって話じゃない?」


 血だよね、これ。つまり。


「ランクAになればそれなりに稼げるし、協会も大助かり。去年、あおがやったあれ。どう? どう?」

「それだ! 行くぞ!」


 俺の隣に坐っていた怖そうな人は突然立ち上がり、俺の腕を掴んだ。


 すみません、聞いてませんでした。何でしょうか。


 受付で「朝までに書類作っとけ」と、瓶と収納袋をカウンターに置き、そのまま今度は外に出るとゲートへ向かう。

 腕を離してくれないので俺は引き摺られるように着いて行くしかない。力が強過ぎて振りほどくこともできない。


「六人! 朝まで!」


 カラオケボックスの受付に来た常連客のような軽い調子で職員さんに声を掛けてダンジョンへ。


「え? え? ええっ?」


 目を丸くした職員さんはまともな言葉が出せなくなっている。


 この時に気づくべきだった。

 見たこともない人達。このダンジョンに所属していない人達。なのに職員さんはこの人達を知っている。

 今日初めて見たはずの人達に対して取るとは思えない態度。


 それは、実際に見るのは初めてでも、世の中に溢れる噂話だけは知っていたからだと。

 ダンジョンに関わる人間なら誰もが知っている、特別な探索者だからだと。

 なぜか俺はまったく気づくことなく、本日二回目のダンジョン探索へ連れ込まれた。

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