第10話 古竜の血 2

 既に彼等は仮面と装備を外しており、普段着で応接用のソファーセットを囲んでいる。


「やっぱ、マップ埋めようぜ。とりあえず全部のダンジョンの前に立てば座標は登録できるんだからさ」

「休みの日に全国のダンジョン巡りー? いいよー」


 支部長はデスクに突っ伏したい気持ちになった。


 スキル【地図】はランクGの探索者でも取得できる基礎的な技能だ。

 ダンジョン内をマッピングできるだけのスキル。

 というのが一般の認識だ。


 それが、ダンジョンの外まで地図化できるほどになり、尚且つ個人のスキルのはずが、仲間内で共有しての使用が可能になるなど聞いたことがない。

 ついでに全員で収集したデータを元に【転移】を行っているらしい。


「つーか、あか。おまえ行く先々のスイーツ店にコメント付けて点数載せるのやめろ。【地図】に菓子屋情報いらねぇんだよ」

「えー? オレ、あれ更新されるの楽しみにしてるんだけどー」


 何だそれは。

 どこのネットの地図アプリケーションだ。

 いったい彼等の【地図】のスキルレベルはいくつなのか。


 そもそも、弱小支部を任されているに過ぎない自分がSSダブル同士の内輪の話を耳にして良いものなのか。

 デスクの下で握った支部長の拳が奮える。


 この場合、人の部屋でそんな話をしている連中が悪い、とも言える。

 もう一度言いたい。

 何故彼等はここで寛いでいるのか。


 しかも、先程から銀剣ぎんつるぎ青鎚あおつちの二人しか話をしていない。

 他の三人は無言でスコーンを口にしている。

 銀剣と青鎚も、けして手は止めていない。

 彼等が持ち込んだ、バスケット山盛りのスコーンは、異常な速さで減り続けている。


 なぜ彼等はこんなに食べるのだ。

 どうしてこんなに食べるのに体型を維持できるのか。

 毎日カロリー計算に気を遣っている支部長は、ソファーに座る五人を順番に見渡す。


 そういう体質、という可能性もある。だが五人全員が?

 スキルか。そういうスキルがあるのか。是非教えてほしい。必要ポイントはいくつだ。


「失礼します、皆様の査定が完了しました」


 支部長が非常に私的な質問をしかけた時、職員が部屋の扉をノックした。


「ご苦労様。お待たせしました、皆様。下で精算をどうぞ」


 気を取り直し、支部長は応援セットを陣取る五人を促した。


 最初から一階の窓口近くで待ってくれればいいものを、何故か彼等は支部長室を希望し、初めてSSと相対する支部長にはそれを断って良いのか判断がつかず現在に至る。


 査定に一時間以上はかかると見越していたから長く居座れそうな場所を指定したのだろうが、他にも会議室等、人払いの可能な部屋はあるというのに。


 だが一時間程度で完了できたのは褒めて良い。むしろポケットマネーで職員を労いたい。


 何故なら今回の氾濫現象では、国内初となる特別なモンスターを討伐したのだから。


 海外でもまだ七例しか確認されていない、特殊竜種。通称『古竜』だ。


「さすが古竜だよな、武器セットが十五も出るなんざ太っ腹な真似しやがる」

「五人で分けられる数で良かったよね、本当」


 しかも戦闘ではなく戦利品についてしか語らない為、どんな死闘が繰り広げられたのか全くわからない。

 むしろ支部長としては戦闘内容を知りたいところなのだが。


「なあ支部長、この後、宴会やるんだろ?」


 突然、五人全員が支部長を振り返る。


 信じがたいが。


「皆さん、あれに参加するために待たれていたんですか……」


 大量にドロップする食材の消費と、命を賭けてくれた探索者への感謝。

 いつからか氾濫現象の収束後は、支部の一階で運営している食堂で無料で食事を振る舞うのが慣例化していた。


「結構遠くから駆けつけた奴らもいるんだろ? 顔見知りしかいねぇようなとこはさすがにバレるけどよ。今日だったら、俺らも紛れ込めるんじゃねぇの?」


 一言も喋らない謎に満ちた仮面の実力者達。それがランクSSダブル

 いらぬ心配だ。SSが仮面を外して他の探索者と一緒に呑気に飲み食いしているかもしれない、などという疑いを抱きながら参加する者はいない。


「俺等が全員集まるなんざ滅多にねぇからな。折角だから皆で飯食ってから帰ろうかって話になったんわけだ。……つーかそもそも、何でお前ら全員来たんだ?」

「え、ひどくない? 全員に声掛けて、すぐ来いって言うから駆けつけたのにー」


 そこは支部長も気になっていた。息を呑んで聞き耳を立てる。


「うちの奴等、まだ勘取り戻してねぇから使えねぇし! 全員に言えば一人か二人は来るだろって思ったんだよ! まさかお前ら全員、本当にすぐ来れるほど暇だとは思わねぇよ!」

ぎんちゃんにあんな切羽詰まった声出されちゃったらねー? あかちゃんなんて、口に生クリーム付いてたよ?」


 聞かなければ良かった。

 あんなに格好良く登場したのに。赤槍せきそうの仮面の下に生クリーム。


 と、その時。唐突に銀剣が金棍きんこんを睨みつけた。


「ああん? きんにだけは言われたくねぇ。おまえが一番食うだろうが」


 ほぼ独り言。

 ここで漸く支部長は気付いた。

 残りの三人は会話に参加していなかったのでない。

 声に出していなかっただけだ。

 思えば、銀剣が四人を呼び寄せる時にも使っていたスキルだ。


 膝を突き合わせながら【念話】で話さねばならぬ理由はまったくわからないが。

 もう何に驚けばいいのか。本日一番の功労者ではあるが、早く帰ってほしいと支部長は切実に願った。

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