第16話 古竜の血 8

 扉の先は明るい広間だった。

 たくさんの外国人が四方八方に広がる通路を行き交い、楽しげに談笑する賑やかな場所。

 とても【居室】の中では思えない活気。


 その中の一人、彫りの深い美男子と俺の目が合う。

 裾の長い法衣を着たその人はゆっくりとこちらに近づくと、笑顔で話しかけて来た。


「先程はあのような姿で失礼を。腕の方はいかがです?」


 腕。氾濫現象中に怪我をした箇所。

 どこかで見た豪奢な法衣。

 あのような姿。


「……治療してくれたお坊さん?」

「生前は神官だったのですが」


 俺の呼び方に苦笑し、腕を何度か触り異常がないことを確認すると、神官さんは去って行った。


 協会支部にいたスケルトンと同一人物? あれが? 海外の映画スターみたいなあれが?


 つまり。

 ここにいる外国人は全員【眷属】のスケルトン。


「……なんで顔付いてるんです?」


 おかしな表現をしてしまったが、何を言わんとしているかは伝わったらしい。

 怖そうな人が答えてくれる。


「そりゃここはくろのホームなんだから。おまえだって、自分の家の中に骨の団体が彷徨いてたら嫌だろうが」

「……それは嫌ですけど」


 嫌だから、という理由で受肉されるわけではないと思う。


 と言うか、皆さん顔が良いんですが。外では骨って、とても勿体ない。


「外でも幻影魔法で見た目はどうにかできるが、そんなことに魔力を使うのは燃費が悪い」


 こちらの雑談が聞こえていたらしく、ぶっきらぼうな人が補足してくれた。


 それよりも、美男美女だらけだというのに、さっきから一緒にいる右側の前髪だけ長い男性の顔の方が綺麗な為、さほど緊張することもなく過ごせている。

 いろいろと納得がいかない。


「ほら行くぞ。飯だ飯」


 ぐいっと肩を引き寄せられ、通路脇のガラス戸の先へと連れ込まれた。


 その先は。


 お洒落なカフェバーだった。


 お客さんが十人くらい。全員外国人。多分これも眷属。

 テーブルに付いて笑顔で飲食。

 眷属って物食べるんだ。あれ、セツにも餌が必要なのかな。

 その前に、何で【居室】の中に店があるんだろう。


 中央の大きめのテーブルに向かうと、メイド服の女性が近づいて来る。

 ミニスカのアレではなく、昔の欧州の上流階級の屋敷にいるような上品なタイプのメイドさんだ。

 無言で一人に一冊、革張りのメニューブックを渡す。

 本当にお店なの、ここ。


 柔らかいソファに沈み込みそうになりながら差し出されたブックを開くと、メニューは書かれていたが、どこにも金額の表示はない。

 それより載っている数が異常。水だけで十種類。ジュース類も何ページもある。


「私、いつものビール」

「まずコーラで、その後メロンソーダ欲しいっす」


 慣れた様子で注文を始める。

 ダンジョン内でアルコールを摂取するのはさすがにどうかと思うので、ソフトドリンクのページを凝視する。


「相変わらず、黒ちゃんの家の応接間って独特だよねー。もう店舗だよ、これ」

あおの家にはそもそも人を招く為の部屋が無いだろう」

「私はあの個性的なリビング、結構落ち着くけど?」


 ここ、応接間なんだ。この人達に関わる事柄にはもう驚かないと思っていたけれど、今までとは違う分野で度肝を抜かれる。


「ほら、決まったか? 店じゃねぇんだ。何でも好きな物頼め」


 店じゃないからこそ好きな物など遠慮なく頼めるはずがない。

 水を貰おうかと思ったけれど、スーパーでは見たことのない名前ばかり。高そう。


「……オレンジジュースで」

『我には蒸留酒を』


 セツも飲むんですか。

 メイドさんは動じることなくページを捲り、「この五種がお勧めです」と俺の肩に乗ったままのセツに見せる。


「飯。軽めの奴」


 怖そうな人の要求に、同じ服装のメイドさんがもう一人現れ、別のメニューを渡す。

 メイドさん何人いるの、ここ。


 よく見れば奥のカウンターにはバーテンダー風の衣装の男性も三人いる。全員、彫りの深い外国人。現代風の格好だけれど、眷属なんだろうなあ、やっぱり。


「シーフードドリアと生姜焼き、飯大盛り」

「私、サバ味噌。ご飯大盛りで」


 食べ物を要求する度胸は無かったのだけれど、何か食べろという圧力が全方向から掛けられたので、怖そうな人が選んだドリアを俺もお願いする。

 と、入れ違いにまた別のメイドさんがドリンクを持ってやって来たかと思えば、そのすぐ後ろに湯気の立つ皿を持った新たなメイドさんが続く。

 料理できるの早いですよね。作り置き? にしては、その湯気、何ですか。


 さっきも協会の食堂であれだけ食べていたのに、また大盛りの料理が次々に運ばれて来る。

 呆然と見つめていると、テーブルの横に人が二人立った。


 パンツスーツの女性と、派手な羽織の和服の男性。

 女性の方がスタンダードな装いに髪をきっちり結わえているのに対し、男性の方はアレンジし過ぎな着物姿。対象的過ぎる西洋人。


主様あるじさま、採寸を先に済ませて良いかしら?」


 しかも斬新なファッションの派手な男性はオネエだった。


 よく見ると首には何本もメジャーが掛けられており、右手の指をパチンと鳴らすと、それら全てが俺に向かって一斉に飛来する。


「えええ?」


 両腕、手首、首、胸、胴回り。

 俺の全身にメジャーが一気に巻き付く。


「細いわねぇ。あんた長剣使うんでしょ? これから腕が太くなるかもしれないから、サイズは自動調整の方がいいわね」


 手元の薄い端末機器のような物に指を滑らせながら和服のオネエが呟く。

 のようなもの、ではなさそう。眷属って電子機器使いこなすんだ。


「普段着はシーズン別で作るわね。礼服は夏と冬で二着でいいかしら」


 呟きながら俺の真横に立ち、何のキーボタンもついていないディスプレイを見せて来る。


「ジャケットは、これとこれ。どっちが好き?」


 聞いて良いですか。どうして俺の服を作ろうとしているんですか。

 俺の怪訝そうな様子に気づいてくれたらしく、オネエの眷属はぶっきらぼうな人を振り返る。


「ちょっと、主様。この子に防具の話してないの? この調子だと家具の話もしてないわね? 可哀想になるわよ」


 防具?


「アタシ達があんたに最高の防具作ってあげるわ。素材はさっき山程出たでしょ? 破れない、汚れない、魔法も反射する。見た目は布だけど殆ど鎧よ」


 何それ。そんな服あるんですか。


「主様達が着てるのも同じような物よ? そうじゃなかったらあんた、あんなカッコでダンジョンに入ると思う? 主様達は無鉄砲だけど、そこまで阿呆じゃないわよ」


 シュルシュルと音を立てながら俺の全身からメジャーが離れ、オネエの首に戻る。


「え、でも礼服?」


 途中、防具とは相容れない単語があったことを思い出す。


「友達の結婚式の真っ最中に氾濫現象が起こってもそのまま戦闘に入れるでしょ。……あらやだ、あんた友達いないんだった? ……ええとほら、同窓会とか何かあるでしょ?」


 多分、眷属だから、協会の食堂での会話も把握しているのだろうけど。

 友達がいない奴として広く認識されているのは複雑なんですが。


 その後オネエは気まずそうに俺に服のサンプル画像を見せ、いくつかのデザインを勝手に決めて行く。


「ま、こんなもんね。それと、青様に新作用意したから後でこっちに寄ってね。あ、あと、ぎん様、お宅の騎士団連中とミーティングしたいのよ。銀様の勝負服にジレを加えたから見て貰いたいわ」


 用は済んだとばかりに、一気に捲し立てる。


「でも銀さんのとこの騎士団って、銀さんの親衛隊みたいで怖いっすよね」

「あらあか様、うちの騎士団長も銀様のことは『騎士の中の騎士』ってべた褒めなのよ?」

「理解できないっす。銀さん、ああいう人っすよ?」


 俺も理解できない。

 眷属が同窓会とか外の世界に精通していることも、怖そうな人が騎士の中の騎士とか言われることも。


 騎士って、見た目と口調も大事だと思うんです。

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