第15話 古竜の血 7

 九十階層。

 下の階からここまで、十階分の階層を飛んで移動した。

 勿論、俺は飛べない。レベルが足りないので【飛行】は取得できなかった。

 そんな俺の腰に片手を回し、怖そうな人は大きめの荷物を運ぶように俺を連れて飛んだ。

 人に抱えられて空を飛んだ経験はないので、どの程度の速度が出ているのか体感で測るのは無理だった。

 ただ物凄く早かった、としか言えない。


 辿り着いた九十階層のボス部屋の扉の先では、巨大な鶴がこちらを睨みつけていた。

 目が合っただけで呪われそうな、険のある顔つき。羽毛は柔かそうだが、嘴は刃物のように鋭いし、目が赤く光っている。瞳孔は縦に裂けていて、とてもではないが鳥類とは思えない。普通に怖い。

 

 あれを、俺のお供にしろと仰る?


「このダンジョンで手に入る鳥の中で一番スタイルの良い子。どう? イケてるでしょ?」


 臍出しの人が両手を拡げて羽ばたく真似をする。


「七十五階層にも鳥がいたと思うっすけど」

「あれは足が短いからダメ。この子がいいの!」


 鳥を選ぶ基準までおかしい。

 鳥の良し悪しって、足の長さで決まるんでしたっけ。


 確かにこの鶴、足は長い。すらりと伸びた足の先には触れただけで切れそうな鋭過ぎる鉤爪が付いているけれど。


 多分、俺に拒否権は与えられていない。

 こいつと契約させられるのか。

 もう一度顔を見る。恐い。

 でも羽毛は綺麗だ。触り心地もきっと悪くないはず。

 無理矢理自分に言い聞かせるしかない。

 慣れれば可愛い所が幾つも見つかるだろう。見つかる、絶対に。見つけなければ、長く付き合って行くことはできない。


 スキルを取得したことで、【眷属】の契約の条件は自然に頭の中に浮かぶ。

 双方の合意の上で穏便に契約するか、屈伏させるかの二択だ。とてもシンプルだけれど、どちらも難しいように思えてならない。


 鶴はずっと俺を睨みつけている。合意は得られそうにない。戦った場合に勝てる気もしない。


 どうしたものかと思っていたら。


 ぶっきらぼうな話し方の、瞳の綺麗な人が前に出た。

 そのまま鶴の鉤爪の間合いまで迷うことなく進み、そして。


 鶴の顔の高さまで跳び上がり、横っ面を思い切り殴りつけた。


『キシャアアアアア……!』


 顔に似合わぬ澄んだ美しい声。

 首が尋常ではない速度で有り得ない方向に曲がったことと、縦長の瞳から涙が溢れたことから、これは悲鳴だと思われるが。


「こいつと契約を結べ」


 鶴の首に乗り、低めの声で恫喝。


「もう一度言う。契約を結べ」


 握り込んだ拳を鶴の首に当て、静かに繰り返す。


『シャアアア……』


 人間のような仕草で、鶴は頭を上下に激しく振る。

 俺の考えていた屈伏とは違い過ぎるが、鶴は俺の前に進み、震えながら頭を下げる。

 怯えてるんですけど。仮にも九十階層の階層ボスが。


 ステータスボードが強制的に表示される。


【眷属】Lv.1

 羅刹鳥 Lv.1


 鶴じゃなかった。こんな凶悪な面構えの鶴がいるはずもないが、物騒な名前のモンスターだったことに少しだけ安心する。


「大き過ぎる。肩に乗れるサイズになれ」


 瞳の大きな女性は羅刹鳥の首から着地し、顔を見上げながら太過ぎる足を平手で叩く。


 もう俺と契約した【眷属】なのに、なぜか他人の言うことを素直に聞き、羅刹鳥は一鳴きし体を大きく奮わせた。


 瞬く間に羅刹鳥は縮み、普通の鶴程度まで小さくなる。

 サイズが変わっただけで、迫力はそのままなんですが。


 俺に留まるには少々大きいのだが、羅刹鳥は器用に足一本で俺の肩に乗る。


『我は羅刹。矮小なる者よ、我はそなたに屈したに非ず。ゆめゆめ……』

「うるせぇ! グズグズ言ってねぇで御主人様に媚びろ!」


 驚いた。

 羅刹鳥が喋ったことにも。

 怖そうな人が何の前触れもなく羅刹鳥の首を殴ったことにも。


『……苛烈。新しき界に精霊は未だおらぬか』

「てめぇらは二言目にはそれだな? いいか、おまえはこれからこいつの下僕として死ぬまで働け!」


 今度は羅刹鳥の首を片手で締めながら、怖そうな人は目を細める。

 その仕草は、まるで羅刹鳥にそれ以上何かを語らせない為のようだった。気のせいかもしれないけれど。


「おい、このクソ鳥に名前付けろ! 少しは大人しくなんだろ」


 首を締めながら、俺を睨みつける。


 名前。

 名前。

 羅刹鳥。ラセツ、ラセツ。


「セツ、でどうでしょうか」

「……おまえのセンス、ひでぇな」


 初めて、怖そうな人が破顔した。満面の笑みは、とても幼く見えた。


『受け入れ難し。改めよ』


 折角考えたのに、セツには気に入って貰えていないらしい。


『その名で呼ぶでない!』


 俺の心が読めるんだろうか。下層のボスは凄いな。

 でも他に良い候補も思いつかない。

 セツで良いと思うんだけれど。


「セツでお願いします」


俺は肩に留まり続けるセツと視線を合わせたが、至近距離で見ると迫力が違う。顔、恐い。


へりくだるな。我はそなたに属するモノ』


 浮かせたままのもう片方の足を俺の頭に乗せ、爪をあてないようにセツは髪をくしゃりと一撫でしてくる。


 これは、セツで良いということなんだろうか。


「ところでさ、この子って女の子なわけ? それとも男の子?」

『慮外者! 我はかつて同族のあらゆるを魅了した!』


 臍出しの人の問いに、セツが羽を大きく拡げて反論する。

 本当にモテたかどうかはともかく、雄らしい。

 俺も正直、鳥の姿をしていても言葉を話す生き物と生活を共にするのだから、女の子では倫理的に問題な気がしていたので助かる。


 もう一つ気になるのは。


「契約したら喋れるようになるんですか?」


 瞳の綺麗な人に殴られた時はまだ、意味のある言葉ではなく鳴き声しか上げていなかったこと。


『無知。我は迷宮に……』

「だからうるせぇっつってんだろ!」


 また、怖そうな人がセツの首を締め上げる。

 既視感。

 気のせいじゃない。

 喋らせたくないんだ。


 セツは苦しげに嘴を開き、怖そうな人と見つめ合う。


『理解。我が主、年月が足りぬ』

「わかりゃいいんだよ」


 俺にはわからない何かをセツは察したらしく、大きく頷く。

 これはきっと、後で二人きりになっても黙り込みそうだ。

 気にはなるけれど、年月が足りないということは、いつかは教えて貰えるという意味なんだろう。


 怖そうな人がセツの首から手を放すと、それを待っていたかのように声が掛かる。


「ねぇぎんちゃん、そろそろ休憩しない? オレ、くろちゃん家で夜食お呼ばれしたいなー」


 美形に促され、怖そうな人も中空を眺める。【時計】を見ているんだろう。

 つられて俺も自分の【時計】を見た。

 ダンジョン入場からの経過時間は二時間。現在時刻は午後九時。


 ダンジョンでは電子機器は停止する。アナログな巻時計を用意しても止まる。

 あらゆる機械が使えない場所の為、経過時間と現在時刻を表示できる【時計】は必須スキル。


「黒、いいか?」

「構わない。入れ」


 そう答えるぶっきらぼうな人の横に、重厚な扉が出現した。壁も建物もない。扉だけ。

 初めて見る。

 これは【居室】の入口だ。


 手招きされ、俺も扉に近づく。

 そこで肩のセツが気になった。


「セツをここから連れ出すと、この階層からボスはいなくなるんですか?」


 その問いにセツが答える。


『我と異なる、新たな我が湧く。かつての我の記憶と力を持つ、我と同質のモノ。しかし我に非ず』

「同じ鳥がまたリポップすんだよ。喋らねぇけどな」


 詳しく聞きたかったが、怖そうな人は俺の空いている方の肩に腕を回し「行くぞ」と扉に向かう。


 これもまだ聞いちゃいけない何からしい。

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