第7話 ダンジョン研究者 3
探索者協会支部一階。
受付の前で支部長は、カウンターの前に集まっていた女性職員達を睨みつけていた。
「それで? 君達は仕事もせずにここで何をしていたのかな?」
聞かずとも答えは分かっている。
あの男が来たからだ。
若い女性が目を逸らす中、年長の女性職員が悪怯れもせずに答える。
「
何故そんな台詞を堂々と言える。
支部長よりもいくつか年上の彼女は、こう見えて元ランクBの探索者だ。
「加えて、青が持ち込む全国各地のお土産は早い者勝ちです。名産品を受け取り、美形を堪能する。何が問題です?」
彼女は既婚者で、旦那は熊のような大男だ。元ランクAの彼も現在はこの支部の職員の為、支部長もよく見知っている。
そんな大男を夫に持つ彼女だが、線の細い俳優と美しい顔を何よりも愛する一面を持っている。
彼女が青の美貌を声高に賛美し続けた結果、他の女性職員達も青を「推しです」とアイドル扱いすることに抵抗がなくなった。
若干二名ほど、結婚してほしいと本気で言っている者がいるのは頭の痛い問題だが。
だからと言って、素顔を晒さずに支部内を闊歩されるのも宜しくない。
素顔を見せていない時の姿の方が、世間に広く認知されてしまっているからだ。
本当にあいつ、住民票を他所に移してくれないだろうか。
あの男の現住所は、この支部ビルだ。
ビルの上階にある職員寮の一室があの男の居住地になっている。
実際に寝泊まりしたことは一度もないが。
一般にあまり知られていないが、ランクA以上は探索者協会の職員寮の部屋を格安で借りることができる。
これも行動範囲が狭められているランクA以上の探索者への配慮ではあるのだが、本当に住もうとする探索者はいない。
この制度を悪用するかのように、ある特定のランクに位置付けられた人間達だけが、それぞれ自分の好きな街の協会支部を現住所としている。
厄介なことに協会本部長がそれを認めてしまった。
更に彼等が自分達で定めた勝手なルールによると、普段は日本中を飛び回っている彼等が、毎月初めには必ずそのダンジョンに潜ることになっている。
百階層にまだ誰も到達したことのないダンジョンが多数存在する中で、彼等が『地元』として選んだダンジョンだけが、定期的に百階層以降のドロップ品を卸して貰える。
収入面では他のダンジョンの数倍上を行く。
だから月に一度、あの男が来る時に職員が浮足立つくらいは大目に見ろ。
と、他所の地域の支部長から言われたことがある。
贅沢な悩みだとも。
せめて顔だけの問題ならば良かった。
へらへらと何を考えているのかわからない、妙な男でなければもっとましだった。
「知っていると思うが、あいつはスキル【不老】で若く見えるだけなんだが」
「見た目がずっと若いままなら、実年齢に意味あります?」
徹底した考えを持つこの女性職員と議論しても不毛なだけだ。
「とりあえず、青はしばらく戻らないから仕事をしてくれ」
女性職員は「そうですね」と答え、カウンターを離れ、エスカレーターの方へ向かう。
彼女、今日の持ち場は二階だったのか。
支部長はネクタイのノットに手を掛け、少しだけ首元を緩めて息を吐く。
本当に、頼むから、根拠地を変えてくれ。
◇
転送装置で再び地上に戻ると、青さんはまたコインを取り出した。
ポケットもないのにどこから出て来るのだろう。多分、武器を出し入れしているのと同じスキルなんだろうけれど。
そして連れて来られたのは、さっきとはまた違う風景の場所。
水晶に似た何かが乱雑に上下左右から突き出た通路の続く空間だった。
奥に見えるのは同じく水晶のような大きな扉。この階層のボスの部屋の出口。
もう僕も慣れて来た。きっとここも五十階層ではない。
「ここ、何階層なんです?」
「ん? 五十五階層だよー」
いつになったら目的の場所に行けるのか。
今度はここに何の用があるのだろう。
また青さんは一切気負わずに大きな扉へ向かう。
普通、コインを使った場合、真っ直ぐに階段を下に降りる。
わざわざ反対側にある扉は開かない。攻略済みのボスに再挑戦する理由は、きっとさっきと同じく、コインの補充なんだろうな。
ついさっき見たのと同じ。大きなモンスターの顔の位置まで跳び上がり、メイス一閃。
さっきと違うのは、そのまま部屋を横切り、ボス部屋の入口側の扉を開けたこと。
開いた先も、同じような鉱物が突き出す通路。
転移装置前の空間とは広さが違うからか、水晶のような石から放たれる光がどこまでも続く様は、地上では見ることのできない世界。
圧巻の景色に周囲を見渡す僕に、青さんは軽い調子で告げる。
「んじゃ、スキルレベル全部10まで上げよっか」
昔参加した講習会で聞いた。
スキルは一日中使ってもレベル一つ上がるか上がらないか。使い込めば更に上がりにくくなる。
短時間しか一緒にいてくれないはずの青さんは、一体どんな方法で10も上げるつもりなのか。
「まずは【結界】張ってみて。自分の手の周りにバリアがある、ってイメージでねー」
至って普通のスキルのレクチャーが始まった。
「次は厚み変えて。薄くしてー、はい厚くしてー」
何度かそれを繰り返し、青さんはまた僕をじっと見つめる。
「うん、【結界】は3になったねー」
はあ?
そんな馬鹿な。
ステータスボードを表示すると、そこには確かに。
【結界】Lv.3
おかしいよね、これ。
「はい、じゃあ次は全身に張り巡らせてー。はい、また厚くしてー、薄くしてー」
こんな簡単な方法でスキルレベルが馬鹿みたいに上がっている。これは訓練方法に理由があるんじゃない。もっと別の何かが原因な気がする。
不意に青さんの方を見ると、通路の先からふらふらと現れたモンスターにメイスを向けているところだった。
先端に付いた豪華な装飾のヘッド部分が青白い光を出し、次の瞬間には四足歩行のモンスターが消える。
あれって、打撃武器だけじゃなく、魔法媒体でもあるのか。
一部の高額な武器には、魔法の効果を増幅したり指向性を与える機能も備わっていると聞いた。
ただ、滅多に市場に出回らない。普通は売らずに自分で使うからだけど、とんでもない値段で取引されるらしい。
また静けさを取り戻した空間で、僕は思い切って青さんに声を掛ける。
「青さん、僕に何かスキル使ってます? 簡単にスキルレベル上がるような物」
「ううん。パーティ登録してるから、オレのスキルの影響受けてるだけ」
あっさりと否定し、もっと恐ろしいことを言い出した。
「自分にしか使えないと思ってたけど、こうすれば他人にも使えるんだねー。今度チームの皆に教えてあげなきゃ」
と、とても楽しそうだ。
「チームに入ってるんですか?」
まだ一時間も共に過ごしていないような仲だが、なんとなく僕の目から見て、青さんは群れるタイプには思えなかったから少し意外だ。
チーム制度は一体どこの国の誰が言い出したのか。気づけば世界中の探索者協会で採用されていた。
パーティ単位で活動していた探索者達が、ある時から組織化することを考えた。
所属する理由は様々だ。
組織に所属すれば色々と面倒な手続きに煩わされることなく探索に専念できる。
報酬の分配で揉める心配がない。
何かのトラブルに巻き込まれても仲間が協力してくれる。
探索者協会は彼等の悪乗りに付き合うように、ランキング制度も導入した。
チーム単位での、週間、月間、年間売上ランキングだ。
競争心を煽られ、各チームはダンジョンに潜り続ける。
もっとも上位はいくつかの全国組織が占めてしまっているのだが。
「うん。たった五人の小さなチームだけどねー」
チームのことに触れた時、青さんの目尻が微かに下がった。
気の所為だったかもしれない。
それでも僅かながら、青さんの雰囲気が違うように思えて。
青さんにとって仲間がどんな存在なのか、赤の他人の僕にも伝わった。
その時、僕の脳裏にも、研究所で今も必死に足掻く同僚達の姿が浮かんだ。
援助が打ち切られ、元々低予算で喘いでいた僕達の研究は風前の灯。目に見える形で何かしらの結果を出さなければならない状況に追い込まれた。
皆が待っている。
僕もここで成果を上げなければ。
その為にも、早く五十階層に行きたいのに。
「ほら、集中集中ー。次は自分を中心に大きな球体を作る感じでー」
青さんが手をパンパンと叩く。
きっとこの人、目標レベルになるまでこの階層から出してくれない。
だったら大人しくスキルを磨こう。それが五十階層への一番の早道なんだろうから。
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