第6話 ダンジョン研究者 2

 探索者らしくない格好をしたあおという人は、僕の右手首に目を遣り、微かに笑った。


「ちゃんと探索者証は付けて来てるねー? 偉い偉い。じゃ、行こっか」


 と言うと僕の手を掴み、ビルの外へと向かう。

 てっきり探索用の装備に着替えてから行くとばかり思っていたのに、彼は更衣室のある奥の廊下とは反対方向へ進み始めた。


 そもそもこの人、装備どころか武器も魔法媒体らしき物も何も持っていない。

 ポーチタイプの収納袋でも腰に付けているのかと思ったが裾の短いジャケットから覗くベルトにそれらしき物はない。


 それにさっき支部長さんがランクAは所属していないと言っていたことも気になる。

 僕に同行できるってことはランクAなんだろうけど、このダンジョンに普段からいる人ではない?

 それにしては支部長さんはよく知っている風だった。


 ついでに、僕がフルネームを名乗ったのにこの人は青としか言わなかった。

 本当に何なんだろう、この人。


「オレのことは青って呼んで。さ、行くよー、イチ!」


 勝手なニックネームを付け、青さんはゲートの改札に腕時計のような形状をした探索者証を翳す。

 腕を掴まれたままの僕も、引き摺られるように右手を改札に向ける。


「え? え? なんで青が?」


 ゲート前にいた職員さんは、通過して行く青さんを見て焦り出す。


「ちょーと引率行って来るねー。帰りはー……あれ、調査って何時間必要なの?」


 職員さんに片手を上げて答えながら、今になって気付いたのか僕にそんな質問をする。


 支部長さんとの遣り取りから、かなり無理を言ってこの人に付き添って貰っているだろうことは理解している。

 本当なら半日はお願いしたいところだけれど。


「最低でも2時間、できれば3時間は」


 連れて行って貰えるだけマシだ。


「ふぅん……? ま、そんな感じで行って来るねー」


 青さんは軽い調子で職員さんに手を振り、転送装置に向かうと操作盤にコインを入れる。

 五階層ごとに存在するボスを倒すと必ずドロップ品に含まれるという転移用硬貨、通称『コイン』だ。

 装置にコインを入れると、そのコインを入手した階層へ移動できる代物だが、このダンジョンのコインを持っているということは、少なくとも過去にこのダンジョンに潜ったことのある人で間違いなさそうだ。


 この時、真っ直ぐ五十階層に行くのかな、と当たり前のことしか思い付かなかった僕は馬鹿だった。


     ◇


 転送装置で着いた先は、白い回廊。人工物にしか見えない白っぽい太い円柱が何本も建ち、床も磨き上げられた石が規則的に敷き詰められている。

 ダンジョンは階層によって造りがそれぞれ全く違うとは聞いていたが、これまで僕が行ったことのある上層は洞窟のような場所が多かった為、本当にここもダンジョンの中なのかと目を疑う。


 目の前には下に降りる階段があったが、青さんは階段とは逆の方向に進み、豪奢な装飾の扉の前に立つと、思い出したように僕を振り返った。


「あ、忘れてた。パーティ登録しよっか」

「え! してもらえるんですか!」


 パーティという、メンバー登録システムがステータスボードにはある。

 これに登録されると、モンスターを倒した時の経験値が頭割りされる。但し、貢献度に応じて個々の増減はあるが。

 本来なら、足手まといなだけの僕に自分の経験値を分け与える必要はない。

 だからこれまで、他のダンジョンで何度か同じことを頼んだ時、護衛の人は僕をパーティに入れたりはしなかった。


「ほらほら、そこなんだよねー。イチ、こういう調査初めてじゃないでしょ? 靴とか服とか、ちゃんとダンジョンに行く人のでしょ。なのにレベルが初心者と同じ10ってさー」


 手早く青さんは目の前の何もない空間を指で操作する。


「レベルがそこそこあれば、同行者のランクもそんなに高くなくて良いしー。自衛手段があれば、おんぶにだっこで嫌がられることもないわけでしょー?」


 僕のステータスボードが強制的に表示され、パーティメンバー名の欄が追加される。


Member:青


 は? この人、ステータス表示、本名じゃないの?


 通常、メンバー名は、ステータスにも表示されている自分のフルネームだ。

 スキル【複数名称】で別名登録ができるけれど、パーティ登録と探索者証くらいしか名前を出す場面なんてないはずで、そのくせポイント消費は激しい。


 僕でも知っている、絶対に取得してはいけないと言われるスキル第一位だ。

 この人、こんなものに大事なポイント使うって馬鹿なんじゃなかろうか。


「新年会でくろちゃんから聞いたんだよねー。何もしなくても、オレ達と一緒にいればスキルの恩恵あるって」


 登録を終えると、青さんは再び扉の方を向き直る。


「パワーレベリングってやつかな、これ? あ、使ったコイン補充するだけだからすぐ済むよー」


 そう説明する青さんの右手に、突然、青藍のメイスが現れた。


 そして開いた扉の奥には。

 巨大な牛がいた。


     ◇


 その姿を見て、僕はここが五十階層ではなかったと知る。


 前もって五十階層のボスは怪鳥だと調べてある。あんな五メートルはある二足歩行の牛の情報はどこにもなかった。


 僕の希望した階層と全く違う場所に連れて来られたことに混乱する暇もなく、その大牛は青さんの一撃で消えた。

 人間技とは思えない跳躍力で直立する牛の首付近まで跳び上がったと同時に、思い切りメイスを振りかざし、そして牛は粒子になった。


 見た目に反して、あんなに簡単に倒せるくらい弱いモンスターだったのかな?


 違う違う。

 絶対、ここ五十階層よりも下層だ。

 このダンジョンの五十階層までのモンスターの情報は全部頭に入れて来た。

 そんな僕の知らないモンスター。ここは僕の知識にない階層。


 青さんは、気軽にそんな下層行きのコインを使い、気軽に『補充』とか言える程度には、あの大牛に脅威を感じていない。


 この人、ランクSだ。

 日本にたったの二十数人しかいないという空を飛べる探索者。


「さーてと。ちゃっちゃとイチのスキル整えちゃいますかー」


 メイスをどこかに仕舞い、青さんは僕の前に戻る。


 僕のスキル?

 ステータスボードを再表示。

 すると。


 NAME:西舘にしだて 一朗いちろう

 Lv.75

 SP:10,000

 スキル:

 【甘味調理】Lv.1

 【採掘】Lv.3


 何これ。

 ボスを倒すの見てただけでこんなことになるものなの。


 信じられない数値を前に、僕は現実を受け入れられずにいる。


 青さんは青さんで目を細めて僕の方をじっと見つめ、口元に手を当て何かを考えている風だったが。


「んー……ランクEか。やっぱ八十階層だと大して上がんないねぇ。ポイント一万は予想通りだけどさー」


 徐ろにそんなことを呟く。


 ちょっと待って。この人、僕のステータス見てる?


 いくらパーティ登録しているとは言え、ステータス情報までは共有されない。

 他人のステータスを見る方法はないはずなのに。

 スキル【鑑定】はモンスターのステータスは確認できるだけだ。人間のステータスを見るスキルなんて聞いたこともない。


「あの……僕のステータス、見えるんですか?」


 本当に見えているとして、勝手に見られているというのは何だか落ち着かない。


 青さんは不意に顔を上げ、微笑みながら頷く。


「うん。見てる。オレ、スキル【看破】持ってるもん」


 何そのスキル。本当に聞いたことがない名前なんだけど。

 それ、人間のステータス見られるスキルなの?


 何の為にそんなスキルを取ったのか。【複数名称】もそうだけれど、この人、ポイント無駄遣いし過ぎだ。


「オレのことはいいからいいから。イチ、スキルリストから【物理防御】と【魔法防御】と【結界】と【投擲術】取得して」

「え? は、はい」


 つい言われるままにリストをスクロールし該当のスキルを探す。

 リストが多過ぎて探すのに時間が掛かったが、指定の四つを無事に取得する。


「あ、魔法もリストに出てるじゃん。やったね。【回復魔法】取っちゃってー。【気配察知】と【鑑定】も」 


 この人、ステータスだけじゃなく、僕の取得可能スキルのリストまで見ているのか。


「こんなもんかなー? あとはイチの仕事に使えそうなのを自分で選んでねー」

「は、はい……」


 こんなに一度にスキルを取得しても使いこなせる気がしない。

 一気に長くなった所持スキルの表示に目眩がしそうだ。


 そんな僕に構うことなく、青さんは再び転送装置のある扉を開き、そして思い出したように尋ねて来た。


「ところでイチ。せっかくお菓子作りが上手くなるスキル持ってるのに、スイーツ作ったりしてないの?」


 僕が講習会で最初にランダムで得た何とも言えないスキルの内容よりも、そのレベルが上がっていないことの方が気になるらしい。

 やっぱりこの人、少し変わっている。

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