第3話 赤竜の鱗 3

 警告音が鳴り響くダンジョンゲート前では、職員の石原が上司と通話を続けていた。

 が。その大音量が唐突に停止する。


「え?」


 まさかと思い振り返ると、真っ赤に点滅し続けていたはずの改札は、見慣れた状態へと戻っていた。


「……小早川さん、アラート停止しました」

『はあ? ……あー、まあそうなる、のか? 発生前から中にSSダブルがいれば』


 腑に落ちないながらも、上司はかなり柔軟に状況を受け入れたらしい。

 自分は頭痛がしてきたが。


「それでも早過ぎでしょ! どの階層にいるどのモンスターが核なのかもわからないんですよ! あの人達だって、階層一つ一つ見て回る以外に方法はないって聞いてますよ!」

『そこはほら、偶然目の前にいた奴が核化して、瞬殺したとかなんじゃないか?』

「そんな都合の良い偶然あるわけないでしょ!」

『朝からSSダブルが潜ってたダンジョンで氾濫、って偶然が起こってる時点で充分すげぇだろ。日本中にダンジョンが何千個あると思ってんだ? ラッキーだったよな』


 あるわけがない、と口にはしたが、それ以外に説明がつかないのも事実で。

 確かに五分も掛からずに氾濫現象が収束したのだから、喜ばしいことだ。理不尽ではあるが。


『もうすぐ黒太刀くろたちが大量のお土産持って上がって来るぞ。そこ交代したら、おまえも中で査定手伝え』


 ほら、早く終わってもやっぱり残業なんじゃないか。

 石原は溜息を吐き、上司との通話を終えると、再び一階層に向かう。

 ゲート当番は収束宣言もしなければならないからだ。


     ◇


『核モンスター討伐を確認! 氾濫現象収束! 氾濫現象収束!』


 再びダンジョン内に【拡声】が響き渡った。

 協会はどうやって発生や討伐を認識しているのだろう。

 今まであまり気にしたことはなかったが、このレストエリアの中にいない限り、この一連の訳の分からない出来事を把握できないはずなのに。


 とにかく外に出て、ランクをどうするか協会に相談しなければ。

 その前に黒太刀に礼だ。命の恩人だし。

 ステータスボードを非表示にし、再び振り返ると、そこにいたはずの黒太刀の姿がない。


「あれ?」

「兄ちゃん、黒太刀ならあっちだ、あっち」


 まだ声が掠れたままのおっさんが俺の腕を引っ張る。さっきは驚愕、今は困惑したようなその様子に、俺もつられておっさんの指差す方へ目を遣ると。


 少し離れた位置に立つ黒太刀。

 その黒太刀の後ろにある、三メートル程の高さにまでなった山積みの何か。


 初めて見たが、ドラゴンのドロップアイテムってあんなに多いのか。協会支部にある資料の説明とはかなり違うような?

 もう何もかもが俺の常識とは懸け離れている。


 黒太刀は無言で横に一歩。そして片手をその山に向ける。

 どうぞ、のジェスチャーだ。


「………」

「………」

「………」


 どう見ても、分け前をくれる人の仕草。


 いやいやいやいや。

 俺達何もしてないから!


     ◇


 その後が大変だった。

 突然レストエリアにドラゴンが出た時よりも疲労を感じる程度に。


 すっかり声が枯れ果てたおっさんが「全部あんたの物だよ、俺等は命拾っただけで儲けもんなんだから」と断っても黒太刀は首を横に振り続けた。

 終いにはとてつもなくヤバそうな炎を纏った剣を掲げて差し出す始末。

 鞘に収まっているのにその上から炎が出てますが、黒太刀さん。


 見れば、同じように炎を噴き出す同系統のデザインの武器が各種、無造作に床に置かれている。

 たった一つでも俺の年収十年分はありそうな武器が無数にあるが、だからと言ってタダで貰って良い物ではない。


 それより、俺達の前に降り立ってから、まだ黒太刀は一言も発していない。

 おそらくだが、仮面で顔を見せないのと同じ理由で、声も個人を特定する材料になるから何も話さないのだろうとは思う。

 わからないでもないが、円滑なコミュニケーションの為に、今だけは喋ってくれないだろうか。

 少なくともここにいる俺達は、黒太刀の声質を吹聴して回るような不義理はしない。


「そんな高価な一点物なんか貰えねぇよ、勘弁してくれよ」


 おっさんの泣き言に、漸く黒太刀が手を引っ込める。

 ヤバい剣を床に無造作に放り投げると、今度はデカい鱗を一枚掴んだ。

 両手で持たなければならないような一メートルはある赤い鱗を、黒太刀はおっさんに差し出す。


 これは、あれだ。

 『一点物』じゃなければいいんだろう、って意味だ。

 確かに鱗は百枚以上はありそうに見える。ただ、どう考えても安価な物ではない。


 おっさんも同じことを考えたのか、冷や汗を掻きながら断りかけ、けれどすぐに何か思いついたらしく、俺達に手招きをした。


「なあ、どうだろ。何か受け取らないと黒太刀は納得しなさそうだし、あの中で一番数があって比較的安そうなのは鱗だろ?」


 妥協点はもうそこにしかないと、俺も同意する。


 結果、俺達は全員、大き過ぎる鱗を五枚ずつとドラゴンの肉の塊十キロを受け取った。


 どうやって地上まで持ち帰るのかも、黒太刀が解決した。

 武器の他に、レベル100の収納袋が何枚もドロップしていたからだ。


 収納袋はファンタジー過ぎるアイテムで、地球上で一般的に見るタイプの様々なバッグの形をしているが、中は拡張された空間になっており、時間も停止している優れ物だ。

 レベル1で、縦一メートル横一メートル高さ一メートルの一立方メートルの容量があり、レベルが一つ上がるごとに一メートルずつ増えて行き、レベル100が最大とされている。


 そのレベル100が五十枚もあった。

 リュックタイプと肩掛けタイプを一枚ずつ手渡され、また皆が首を振ったが黒太刀の無言の圧力に負けた。貰い過ぎだ。


 俺達が受け取らなかった武器やアイテム、ドラゴン素材は全て黒太刀が収納していた。

 袋の中に入れたのではない。

 掌を山盛りのドロップ品に向けただけで、一切合切がどこかに消えた。


 スキル【収納】。

 必要ポイント1万の上級スキルだ。

 不可視の自分だけの亜空間を所持し、自由に呼び出し、いつでも物の出し入れができるスキル。スキルレベル1の容量は収納袋と同じく、1m✕1m✕1mの空間。

 触れることなく離れた位置にあるものを収められるようになるのは、いったいスキルレベルいくつからなのだろうか。

 先程、大太刀が手から消えたのも、普段から【収納】で持ち歩いているからか。


 便利そうだ。

 実際にこの目で見てしまうと欲しくなるな。


 十万も棚からぼた餅方式で手に入れたために、常ならばなかなか消費できないポイントを簡単に使おうとしている。

 泡銭は気持ちが大きくなるって本当だったんだ。

 こういうのはさっさと使った方がいい。時間が経つと迷うかもしれない。

 

 取得可能なスキルリストは、レベルと所持ポイントによって表示が変わる。

 ステータスボードでリストを呼び出すと、見たこともないような数が羅列されていた。


 目的の【収納】の名前もある。他にも、ロマンの詰まった【鑑定】や【眷属】も見える。 

 当然ながらレベルが足りないのでランクシングルの代名詞【飛行】はどこにもないが。


 と言うか【鑑定】って五千ポイントだったんだな。道理で今まで見たことがなかったはずだ。

 取得可能レベルは1以上。ポイントさえあれば誰でも取れるのか。まあ、レベル1の奴が五千ポイントも持っているわけがないから実質取るのは無理なんだが。


 早速【収納】を手に入れたはいいものの、一メートルどころではない鱗は当たり前だが入らなかった。

 使い続けていればレベルは上がるので、とりあえず今は短剣を入れる場所ができたことで満足しておこう。

 レベルが上がるまでは黒太刀から貰ったリュックタイプの収納袋を持ち歩けばいいし。

 

 それよりも。【収納】を取得したと同時に、条件を満たしたことで派生スキルが一つ、リストに開放されている。

 スキル【居室】。

 取得条件は、ランクAで【収納】を持っていること。

 所謂、ダンジョン内のトイレ問題を解決するスキルだ。


 長時間ダンジョンに潜る為には必須とされ、まるで【収納】のような空間に自分が入ることができる。

 中を改装し、トイレを作ったり仮眠室として使ったりもする。

 他人を招くこともできるため、協会に頼んで水回りや内装工事の人を派遣して貰うのが基本だ。


 ただこれもレベル1では1m✕1m✕1mなので、ただの狭い納戸と変わらない。

 派生スキルという特殊性のおかげで、【収納】のレベルと連動して自動的にレベルが上がるから、【収納】をこまめに使ってレベル上げに励むしかない。

 ポイントはある時に使った方がいい。1万ポイントを消費し【居室】も取得。いつかトイレを作りたい。


 そんなことをしていると、黒太刀がレストエリアから出るよう皆を身振り手振りで促した。

 幸い、十五階層の転送装置のあるボス部屋はすぐ隣だ。

 さすがに階段で地上まで上がるつもりはないのか、黒太刀が先頭に立って隣の部屋の扉を開ける。


 そして再び見る、ボスの瞬殺。


 もう俺達も驚かない。

 どこからともなく大太刀が出て来ることにも、軽く手を振っただけでボスが消えたことにも。

 氾濫現象が収束したため、俺達が強制的に黒太刀のパーティメンバー入りすることもなく、ボス討伐の経験値は分配されなかった。

 普通だ。少しだけほっとした。

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