第2話 赤竜の鱗 2

 ダンジョンゲート前。

 入口に設置されているのは自動改札とほぼ同じデザインの受付機二台。

 正式名称は別にあるのだか、見た目から誰もが改札と呼ぶそれの横で、本日のゲート当番である青年は軽く片腕を回していた。暇だからだ。


 あと一時間ほど経てば会社員や学生が姿を見せ始めるだろうが、その頃にはとうに自分は退勤している。

 欠伸が出そうになるのを堪えた時、真横の受付機が二台同時に大音量で警告音を発した。


「あと三十分で交代だってのに!」


 舌打ちしつつ、真っ赤に点灯する改札に向かい、右手首に巻かれた端末をかざしダンジョン内へ駆け込む。


 一階層に入り、壁に片手を当てると大きく息を吸い込み、訓練以外では初めてとなるスキルを発動する。


「氾濫現象発生! 氾濫現象発生! ランクE以下は五階層まで撤収! ランクC、ランクDは二十階層まで潜行! ランクB以上は二十階層から核モンスター捜索開始!」


 よどみなく規定のワードを一気に叫び終え、「噛まずによく言えた、俺偉い」と小さく頷き、すぐに踵を返す。

 非常時の業務はまだ半分も消化していない。


 手首の端末をかざし再び外に出ると、今度はゲート横に備え付けられている電話で隣接する支部ビル内を呼び出す。


「石原です。コードレッド確認。ダンジョン内警報を最優先で完了しました」

『レッド? おいおい、うちに毎日何人潜ってると思ってんだよ、あれだけの数減らしても氾濫すんのかよ。本当にレッドなのかあ?』


 間髪置かず、ビル内の上司が応答した。反応が早いのは良いが、不満よりもまず仕事を進めてほしい。


「ゲートのアラートですよ、仕組みは知らないけど、本部長がスキルで作ったやつ疑うんです? いいから早く通達出してくださいよ」

『疑わねぇけどよ。もう出したよ、ただ近場の強い奴ら、今日はどこにも潜ってなさそうなんだよなー』

「応援なしですか? 俺も入った方がいいです?」


 人手が足りなければ職員も参加するしかない。

 今日は定時で帰れると思っていたのに。もっとも氾濫現象が起こった時点で残業は確定ではあるが。


『で、今、中に何人いるんだ?』

「平日ですからね。三十八人です」


 上司と話し始める前から入場人数は調べてある。


『少ねぇな。……あ、待てよ。朝から潜ってるあいつ、まだいるか?』

「あの人ですか? えーと……」


 再び改札を通過した探索者のデータを検索し直し、目的の人物の出入場記録を探す。


「います! まだいます!」


     ◇


 首を切り落とされたことでドラゴンは粒子となって消えた。


「……え?」

「えー……」


 俺だけじゃない、周りの奴らもまともな言葉が出ない。


 というか、だ。

 俺、さっき、最終回直前の少年漫画の主人公並の葛藤と決意の中で、この一年を振り返ったりしていたんだが。


 何だ、この呆気ない終わり方。ドラゴンって一撃で一瞬のうちに出落ちさせていいモンスターじゃないよな。


 俺達が先程までとは違う意味で動けなくなっている最中、問題のそいつはゆっくりと着地した。

 魔法陣から飛び出した直後の猛スピードとはまるで違い、今はほぼ浮いているに等しい。


 あ、これ、スキルだ。多分【浮遊】。だとしたらさっきの異常な速度の落下は【飛行】か。


 スキル【飛行】を使えるのはランクS。日本国内ではまだ二十数人しかいないという、ランクAの上に位置する連中か。


 そいつはゆっくりと俺達の目の前に降り立ち、顔を上げた。


 そこでようやく俺は、この魔法陣から出て来たのが何者なのか気づく。

 俺だけじゃない。周りの全員が息を呑んだ。

 俺の斜め後ろにいたおっさんが掠れた声をどうにか絞り出す。


「……ダブル」


 そいつの顔を見ることはできなかった。

 顔全体を覆う仮面のせいだ。

 艶消しの白い仮面は両目の部分だけが空いており、その奥の瞳の色は黒だった。


 ランクSSダブル


 ランクシングルの上に立つ、探索者の最高ランク。


 もはや人外と言ってもいい。何をどうやったらそこまで鍛えられるのか想像もつかないが、シングルSSダブルの間には更に三つくらいランクを入れても良いのではないかと言われるくらいの差がある。

 俺達が生命の危機を感じるような相手であるドラゴンも、SSダブルなら一撃で屠れても何もおかしくはない。


 外国のSSダブルは普通に素顔を晒している場合が多いが、日本のSSダブルは五人全員が何の装飾もない同じ白い仮面姿だ。

 たった五人で日本全土を網羅しているが、何もかもが非公開なため、彼等は好んで使う武器が通り名となっている。


 先程まで右手にあったはずのそれ。何故か今はどこにも見当たらないが、多分こいつは。


「嘘だろ。……本物の黒太刀くろたち?」 

「呼び捨て駄目! 『黒太刀さん』でしょ!」


 後ろの方にいた金髪の男の呟きを受け、一緒にいた女の子が慌てて袖を引く。

 いや、その呼び方も違う気がするけどな。

 誰もが無言の中、この二人だけがはしゃいでいる。

 まずは命の恩人に頭を下げるべきなんだろう、この場合。

 ということで一歩前に出ようとしたところで。


「あー! あー!」


 またこいつらか。さっきの金髪がまた騒ぎ出した。

 出鼻を挫かれたことで思わず後ろを振り返ると、金髪が自分の前の何も無い空間を指差していた。

 なんだ、ステータスを見ているのか?


「レベル! レベルめっちゃ上がってる! なんで!」


 レベル?

 あ。

 すぐに思い当たることがあった。

 俺も慌ててステータスを表示させる。


 NAME:雑賀さいが たつき

 Lv.334

 SP:100,712

 スキル:

 【短剣術】Lv.83

 【時計】Lv.114

 【自然治癒強化】Lv.22

 【気配察知】Lv.69

 【身体強化】Lv.68

 【跳躍】Lv.71

 【物理防御】Lv.26

 【隠形】Lv.45

 【加速】Lv.53

 【暗視】Lv.37

 【地図】Lv.61

 【水魔法】Lv.15


 今日、ダンジョンに入ったと同時にいつもの習慣でステータスを確認した。

 その時、俺のレベルは184だった。スキルポイントも712だった、間違いなく。


 氾濫現象で核モンスターが転送された先は、そこがどんな場所であってもボスが存在した瞬間からボスエリア扱いになった可能性がある。


 つまり、ただ突っ立ってただけの俺達も戦闘の参加者としてカウントされていて、経験値が貢献度に応じて振り分けられたわけだ。

 何もしていなかったにしては多過ぎる気もするが、相手は元は百階層のドラゴン、氾濫現象で核モンスターになったことで更に下層に生息するモンスターレベルの扱いになっていたのかもしれない。いや、それにしたってやっぱり多いだろ、これ。


 レベル320以上は、ランクAに分類される。

 ほん数分前までランクCの中堅レベルだったはずが、ランクA。

 中身すかすかのレベルだけランクA。


 多分レベルに呼応して、扱える魔力量や身体能力は上がっているんだろうが、ろくな経験も積まずにランクAはどうなんだ。

 今外に出て協会のランク判定装置で測定してもらったらまず間違いなく公式に登録ランクは上がる。上がるんだが、上げて良いものなのか。


「うぉ、すげ。なあなあ、レベル255って何ランク? 頑張ったわけじゃないからランクEのままなん?」


 あの金髪もランクB相当のレベルになっているらしい。

 ここにいる全員、おそらく二つから三つランクを上げたはずだ。

 SSダブルの人、協会にうまくこの状況を説明してくれないかな。


     ◇


 核モンスターとの戦闘エリアにいたとしてもレベル150、SP10万の増加は異常で、SSダブルの持つスキル【獲得SP100倍】と【獲得経験値100倍】の効果が適用された為だったと俺が知るのは、それから何年も後のことだ。

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