第4話 赤竜の鱗 4

 ダンジョンゲート前。

 転送装置が探索者を吐き出した。

 

「はあ?」


 石原の予想では、真っ先に出て来るのは黒太刀くろたちだった。

 外れてはいない。仮面の女性が現れた。

 問題はその後ろ。

 なんで他にもいるの。


 順番に二つの改札を通過するその数。


『黒太刀が探索者二十二人引き連れて戻って来た、だあ?』


 呑気な上司もさすがに狼狽したらしい。声のトーンが少しだけ変わっている。


「今から全員でそっち行くみたいです。それと、核エリアの強制力で全員巻き込まれてレベルがとんでもないことになってるそうです」


 石原の言葉に、ゲート前の探索者達が一斉に頷く。


『……受付の人員もうちょっと増やすから、おまえ、事情聴取とか何とか言って足止めしといて』


 無茶言うな。

 SSダブルが職員以外の人間がいる場で声を出すわけがない。

 何を聴取しろと言うのか。


 本日何度目になるかわからない溜息を吐いたところで、石原の肩を黒太刀が軽く叩いた。


 耳元に顔を寄せ。


「あー、はいはい。百階層で。……ボス部屋入ったら。……ドラゴンが転送されるところで。で、慌てて追いかけて貴女も魔法陣に飛び込んだ、と」


 あのクソ上司の適当な予想、当たってんじゃん。


「……で、出た先は十五階層のレストエリア。そんな低層に?」


 氾濫現象の前ではレストも何もあったもんじゃないな、と再び溜息が出る。


「……人が二十二人もいたから巻き込まないように急いで倒して。……色々ドロップしたから平等に分けようとしたのに拒まれて。それで戻るのに時間がかかった、と」


 なんだ、これ。

 石原の知る氾濫現象の事後処理は、もっと凄惨な物だった。

 ぼそぼそと話す仮面の女性と、その囁きに耳を澄ませている自分。そして居心地悪そうに立ち尽くす探索者達。

 端から見れば非常にシュールなこの光景を想像し、石原はまた大きく息を吐き出した。


     ◇


 鱗は一枚百万円。

 傷一つないことで減額はされなかった。

 黒太刀が切り付けたことで欠けた物もあったはずなのに、俺達には無傷の鱗を分けてくれたらしい。

 良い人だな、黒太刀。


 おっさんは全部売ると言い、「これで借金が全部返せる」と目を潤ませていた。

 他の皆もそれぞれ売却を始める中、これまであまり喋っていなかった口数の少ない少女が通る声で職員に尋ねた。


「最高の防具と武器、これで作れますか?」


 ドラゴン素材を利用して防具を作る。特注な上に、専用スキルが必要な為、可能な職人は全国でも片手で数えられるほどしかいなかったはずだ。


 買取受付の職員は「売らないの?」と目を瞬かせ、それでもプロらしくすぐに笑顔で答える。


「注文は可能ですが、この量では篭手や膝当てくらいしか作れません。売却し、ドロップ品の武具を購入される方をお勧めします」


 売店のある二階への昇りエスカレーターを指差しながら、更に続ける。


「今ですと、九重ここのえ様がお使いになっているトンファーの上位品の在庫がございます。それにしても、貯金などはお考えではないんですね?」


 探索者は高ランクになれば収入も多いが、俺達の場合、会社勤めしている人間より少しだけ多い程度だ。

 現金化しようとするのがまあ普通だろう。


 小柄な為に少女に見えたが、探索者資格は十八歳以上。学生だとは思うが、金よりも武器を求めた理由が職員は気になったのだろう。


 九重と呼ばれた少女は、何故そんなことを聞くのかと首を傾げる。


「おばあちゃんが言ってた。助けて貰った人への一番の感謝の仕方は、いつか誰かを同じように助けることだって」


 職員は笑顔のままだったが、「ん? 何の話だ?」と言わんばかりに眉がピクリと動いた。


「黒太刀さんは私達に戦利品を分けた。それって、一緒に戦った仲間として扱ってくれたんでしょ。助けたわけじゃないから感謝する必要はないって言いたいんだよね?」


 九重は同意を求めるように職員に問いかけ。


「黒太刀さんにお礼をしたくても何も受け取ってくれないと思うから、おばあちゃんの言うように、いつか誰かを助けられるように、もっと強くなりたい」


 そこで初めて九重は、満足げに満面の笑みを浮かべる。 

 その瞳は、恩返しのいつかを迎える日を夢見ているのか、眩しいくらいに輝いていた。

 ああ、彼女なら、いつか人を助けられる優しい探索者になれる。そんな予感がした。


 その一方で。

 俺は今、浮かれながらスキルを取得していたさっきまでの自分が猛烈に恥ずかしい。


 俺よりも年下と思しき少女が、そんな高尚な考えを堂々と宣言しているというのに。

 鱗を売って今夜は久しぶりに美味い物を食えるとか想像していた自分が、とてつもなく恥ずかしい。


 同じように、他の窓口に並んでいた奴らも動きを止め表情を無くしている。

 涙ぐんでいたおっさんも青褪めている。


 俺達全員が動けなくなっていることに気づいていないのか、九重は「じゃあ売ります」と方針を決定する。


 静まり返った受付で、誰よりも早く正気に返ったのはあのおっさんだった。


「そうだな、本当ならさっき死んでたんだ。死んだつもりで、やってやるか!」


 高らかに宣言し、晴れ晴れとした笑みを俺達に向ける。


 いやあんた、今の今まで借金返して引退するつもりだっただろ、絶対。


     ◇


 全員が買取受付での手続きをどうにか完了した後は三階の会議室での聴取とランク判定が待っていた。


 手首に巻かれた探索者証に新たなランクが登録され、部屋を出ようとした俺達に職員が声を掛ける。


「あ、雑賀さいがさんと九重さんは残ってください。ランクAになられたので、追加で説明があります」


 そこで初めて俺は、ランクAには行動制限があることを知る。


 今回のように氾濫現象が起こった際、すぐに駆け付けられるようランクA以上はダンジョンの近くに常に居続けなければならない。

 三百六十五日、二十四時間、ランクA以上はダンジョンから離れずに生活するのだそうだ。


「ランクAの場合、ダンジョンの半径三十キロ以内となります。けしてそれ以上遠くへは行かないでくださいね。違反金の徴収がありますから」


 尚、シングルには【飛行】があるため、Aより範囲は広いらしい。


「よく誤解されますが、彼等はシングルだから【飛行】ができるのではありません。【飛行】を覚えたからシングルと判定されるのです。ダンジョンにいつでも飛んで来れる、非常時の即戦力として」


 上位ランクの定義を聞かされるのは初めてかもしれない。でも。


「でも、SSダブルは日本中のダンジョンに現れますよね?」


 ランクA以上、と言うのなら彼等も例外ではないはずだが。


 職員は頷き、慣れた様子で説明を続ける。よくある質問、なんだろうな。


「勿論、SSダブルにもあります。彼等の行動半径は日本全域と設定されています。言い換えると、日本から出られません。彼等はスキル【転移】で日本のどこからでも氾濫現象が発生しているダンジョンに跳べます。シングルと同じく、彼等は【転移】を覚えたからSSダブルとして認定されています」


 え。あの人達、海外行けないのか。いや俺も、今からは隣県にすら行けなくなったんだが。


シングルになれば少しだけ遠くに遊びに行けるようになります。世界中のランクAが死に物狂いでシングルを目指すのは、行動半径を拡げるためです」


 職員は生真面目な顔で俺と九重を交互に見つめ、最後にこう締め括った。


「お二人も、頑張ってスキルリストに【飛行】を出しましょう!」


 それ、ランク判定し直す前に教えて欲しかった。


 こうして俺は、分不相応ながらランクAとなり、長くこのダンジョンで戦うことになる。


 五年後、再びあの人に出会うまで。

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