第59話:日本短編小説ロマンス大賞受賞後第1作目前編
【日本短編小説ロマンス大賞 受賞後 第一作目】
『キミが観る月』
著者:山本 山
キミはいま夢を追っている。
郊外の木造モルタル2階建てのアパートに住んでいて、訪れる人は誰もいない。無関心な人が無関心な人を避けるように寝起きしている。時が止まっているようなキミと、音もなくただ流れるままに過ぎて行く季節が調和した場所に建っている。
キミと再開したのは、心も寒いクリスマスイブだ。有名なフライドチキン屋さんに並んでいた時だった。行列の中にキミが埋もれているところを見つけたとき、運転していた車のブレーキを強く踏み、スピードを極端に落とした。ずっと目が合うことを意識して、徐行しながら横を通り過ぎたんだ。亡き彼女の横顔に見えた。彼女もフライドチキンはよく食べた。幻影が見えたんだ。どうしてもキミに見つけて欲しかった。子どもの時に、サンタクロースに逢いたかったように。何でもいからプレゼントを貰って、クラスのみんなと共通の話題で、一緒にお話しができますようにと。
決して心が打ち解け合うことのない、長い行列を掻き分けて行くと、キミはカウンターの前で恥ずかしそうに3ピースだけの注文をしていて、わざとキミに接客している店員に話かけたんだ。
そしてやっとボクを見つけてくれた。
「貴方の分も一緒に注文しましょうか?」
店外まで続く長い行列を見て、優しく声を掛けてくれた。こんな心温まるクリスマスイブは、彼女を失ってから初めてで、嬉しかった。だから自宅に誘ってみたんだ。
「本当にいいんですか?」
始めは言われたことがよく分かっていないみたいだった。すぐに大きな二重の目が左右に泳ぎ、驚き、そして即答してくれた。今後の自分の運気をキミの返事にかけてみたんだ。お蔭で運勢は二重丸。キミはボクの自宅に来た。表情を見ると、それほど遠慮しているとは思えないけど、可愛い顔立ちで、笑った顔の目尻がたまらなく素敵だった。
ボクは夢中で話した。最近、思った通りに行かないことが多かったから、キミが自宅に来ることで自信がついたんだ。この場を今までで一番楽しい日にしたいと思ったんだ。気の利いたギャグも連発した。いいワインも出した。
キミは上手に笑って、美味しく飲んでくれた。亡き彼女の事なんて、もうどうでもよくなったんだ。
小説の話になった。ボクの周りには小説を読む人はいない。本といえば実用書のことを指しているので、キミのことは意外で、嬉しかった。好きな小説のタイトルを数点教えた。もちろん内容には、淫乱な性行為や暴力描写のない作品ばかりを思い出し、教えた。キミにボクの人格を疑われ、この楽しい空間に風穴が空くのが嫌だったんだ。
そしてキミの好きな小説を聞いた。
「長編は大丈夫?」
ボクが名前を挙げた小説が、短編か中編程度のものだとすぐに判断して、気遣ってくれた。ボク好みの作風の小説をいろいろ教えてくれた。主人公目線で物語を温かく話していた。作者の立場に立って作品を書いた理由を論じていた。
楽しそうに話す顔を見ているだけで、ボクはそれでよかったんだ。キミは本当に小説が好きで、ボクが小説好きだと軽口を叩いたのが、急に恥ずかしくなった。
新しいワインを手にしたとき、慣れた手つきで乾杯をした。とても美味しいと、ほんの少しだけワインに口をつけ、
「夢を追いかけたいの……」
と寄り添ってきた。
甘えた狡い眼つきになって、作家になりたい、と小さく呟いた。
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