第58話:二次選考通過
クリスマスの日に安アパートで1人過ごしていた木戸龍一は、毎年クリスマス前後には雰囲気の出るものを食べて過ごす、と昨年誓った。が、カップラーメンを食べ、男女がいちゃつくテレビ番組を観た。ただ煩く映像は切り替わる。
清川真理のいない人生に、何の生き甲斐も感じられなかった。このままでは廃人になる、貯金ももうすぐ尽きる。流されるままに、年末年始の繁忙期からカラオケボックスでアルバイトを始め、すでに3カ月が経った。
アルバイトのシフトや食品の発注など、ある程度の業務を任されるようになっていた。
「木戸ちゃん、今日なんかソワソワしてるよ」
19歳で茶髪にロン毛の学生アルバイトが、タメ口を聞いてくる。ここの店は、店長以外は全員、学生のアルバイトしかいない。36歳になった人間にとっては、話が合わず、疎外感があり、居心地がいいとはいえなかった。唯一の38歳の店長は、レジのお金を回収に来るとき以外は、店に顔を出さない。
木戸龍一は、作家になって真理と幸せになるまでの辛抱だと自分に言い聞かせ、孤独に耐えていた。
「ねぇ、無視すんなよ」
繰り返し喋る茶髪の学生の方を見た。
「あっ、ごめん。明日休みだから、何しようかなと思って」
茶髪の学生は、なんだ、そんなことか、と期待を裏切られた表情のまま、厨房につまみ食いに行った。
明日は遂に『オレが作家で、真理の物語』の一次選考通過者の発表が載った文藝誌4月号の発売日なのだ。その為に、明日のシフトは入れなかった。
昨日は興奮してなかなか寝付けなかったが、目覚まし時計が鳴る前の午前6時に目が覚めた。安アパートの窓を開けた。冷たい外気で室内の空気を入れ替えた。気持ちも入れ替わった気がした。二軒先の屋根の上で羽を休めているカラスに、オレは頑張るぞ、と心の中で伝えた。カラスもタイミングよく、カァー、と鳴く。気合が入る。
大型書店が開店する時間を見計らって、街を闊歩する。街を歩く人たちに注目されている気がした。
大型書店に着くと、まっすぐ文藝コーナーに行った。目的の文藝誌をその場で開く。羅列された作品名と名前を目で追う。
あいうえお順に並んでいるのか、【『オレが作家で、真理の物語』木戸龍一】は最初の方にあった。すぐに見つける事が出来た。凝視する。目が釘付けになるとはこの事だが思ったほどの感動はなかった。ややしばらく文字を眺めた。周りの人と比べて文字が太いことに気づいた。備考欄に目を移す。
【第47回文藝新人賞は、応募総数1,200篇でした。当社で選考を進めた結果、以下の100篇の作品が一次選考を通過しました。作品名が太字で書いている30篇は、二次選考通過作品です。尚、最終候補作品並びに大賞受賞作品の発表は、文藝誌5月号(4月10日発売)でお知らせします】
木戸龍一は備考欄を読み、今さらながら時間差で、喜びが込み上げた。震えながら心の中で、よし! と叫んだ。声が出ていたのかもしれないが、そんなことはどうでもいい、とにかく叫んだ。
安アパートに戻り、何度も自分の作品名と名前を確認した。確認というよりは、勝利の味を何度も噛み締めているのだ。
小説は二次選考も通過しており、最終選考候補作品に残った。決戦は来月だ。この喜びを真理に伝えたい。一緒に喜び合いたい。共感したい。しかし、本当に喜ぶのは、大賞を受賞してからだと、冷静になった。ましてや清川真理との連絡手段は、電源が入っていない携帯電話だけだった。
パソコンのメールは宛先不明になって、送った先から戻ってくる。今どこで何をしているのだろう。きっと、小説好きなので、大賞を受賞して書籍になれば、気づいてくれるだろうと考えていた。
折角だから文藝誌4月号を巻頭から順番に読んだ。カラオケボックスでアルバイトを始めてから、ゆっくり小説を読んだことはない。久しぶりに頭の中が、物語に染まっていった。
気分がいいとリズムに乗って読み進めることが出来る。3本目の小説に差し掛かった。ページを捲っていた手が止まった。そこに掲載されていた小説は、山本山、が書いた作品だった。
そう、清川真理のペンネームだ。
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