第57話:清川不動産倒産
木戸龍一は万年布団に横になる。40分が経過しても返信がない。70分経過しても返信がないので、もう一度メールを打った。
《今忙しい感じ? 手が空いたらメールでも電話でもいいから、連絡ください。 龍一》
送信して、もう一度ゴシップ週刊誌を巻頭から読み始める。女性誌も巻頭からもう一度読む。1時間経過したが連絡がない。レトルトご飯を電子レンジで温め、秋刀魚の味噌煮の缶を開けた。
更に1時間経った。清川真理のことが気になり、雑誌を読んでも新聞を読んでも内容が頭に入らなくなった。テレビを点けても同じだった。
何かあったのかもしれない。債権者に拉致された、
《さっき新聞読んだんだけど、もしかして会社って、なんか倒産したの? 間違っていたらごめんなさい。 龍一》
単刀直入にメールを入れた。
テレビを観ることさらに30分。木戸龍一は思った、もしかすると携帯電話の電源を切っているのではないかと。ノートパソコンはいつも持ち歩いていると言っていたことを思い出す。同じ内容のメールをパソコンにも送った。
すぐに返事が来た。
《会社のこと知っちゃったんだ。そうなの、2回目の不渡り出して、倒産したの。今、弁護士に清算をお願いしているところなの。私の自宅も銀行の抵当が三番まで付いているから、任意売却するの。売れなければ即競売って感じ。今は両親とアパートに住んでいるのよ。場所は言えませんけどね。本当は、先月にはこうなること分かっていたんだけど、龍一に言い出せなくて。ごめんなさい。と言うことで、今ちょっと大変です。鍋を食べるのは、私が落ち着いてからでいい? 携帯電話は解約しないつもりだけど、今はいろいろ煩くて、電源はいつも切っているの。あと、個人破産のこともあるし、当面慌ただしくてそんなに連絡出来ないと思うけど、全部整理がついて、先の見通しが経ったら連絡するね。その時は、お鍋、ご馳走してね。真理》
木戸龍一は、今書いている小説の内容と同じだと思った。予知夢ではないが、何か、割り切れない因縁のようなものを感じる。責任の一端は、小説内で、真理を破産させた自分にもあるのではないかと、自問自答する。メールの返信の内容が思い付かない。
《何て言っていいか分からないけど、頑張ってね。負けないでね。応援するから。無職だけど応援するから。ずっと真理のことを待っているから。絶対連絡頂戴ね。 龍一》
泣きながら送信した。
木戸龍一は今さら『オレが作家で、真理の物語』の内容を変更してもしょうがないと割り切る。しかし、書き上げても清川真理には見せることは出来ないものになった。本当に大賞を取った時に、初めて読む事になるだろう。
賞金の100万円で想い出の温泉旅館に行こう。2人が出会ったクリスマスの日に行こう。フライドチキンを食べる。無職の男と、破産した女で、派手に、1日で100万円を使い切ろう。今までの2人分の憂さ晴らしをしよう。
落選したら小説は誰の目にも止まらず、一生お蔵入りだ。いや、2人の人生そのものが、お蔵入りになるのだ。
何かに獲りつかれたように推敲した。朝も、昼も、夜も、雨の日も、風の日も、体調の悪い日も、空腹の日も、ただ、ただ推敲した。大賞を取ることが清川真理の励みにもなると思った。いや、木戸龍一には、小説を書くこと以外に、何も出来る事がなかった。
10月下旬に遂に『オレが作家で、真理の物語』を完全に書き上げた。
10月末締めの文藝賞に応募する。
コンビニ前のポストに、手を震わせながら投函した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます