第50話:引越し

 4月になった。


 真理は夜遅くに帰ってくるのは同じだが、一切酔ってはいなかった。帰宅しても明け方まで電卓を叩いている。

 常時、電子炊飯器には、ご飯を保温しておくことにした。お茶漬けの素や、カップラーメンや、レトルト食品等を買い置きした。入浴剤も買ってみた。疲労回復にはいいらしかった。


 龍一も負けずに、明け方までパソコンを叩く。別々の部屋で別々の事をやっているが、初めて心が一つになった連帯感のようなものを感じた。お互いのそれぞれの人生はこの先不透明なのに、一番充実していて幸せな気分だった。



 『闇夜にも必ず陽は昇る』は完成した。


 4月末日締切りの文藝賞に応募するつもりだ。

 締め切りまで、まだ2週間も時間はあったが、もう添削する箇所はない、ジタバタしてもしょうがない、と腹を決めた。


 ポストに投げ込むように投函した。


 この作品を書き上げた時に、龍一も実家に帰ることにしていた。お世話になったこの家の大掃除をした。

 真理が自宅を引き払う時に一緒にこの家を出て行ったら、龍一の心の中にある、強くて頼れる真理の凛然りんぜんとしたイメージが崩れてしまうので、置手紙を書いた。

 荷物らしい荷物は何もない。真理に買って貰った机や本棚は、組み立て式の安い物だったので、粗大ごみの日に捨てた。ベッドはそのまま置いておく。衣類と本は宅配便で送った。ノートパソコンが入っている鞄ひとつを手に持って、黙って家を後にする。




拝啓、真理さま。


突然だけど、今日、実家に帰ります。

驚いた?? 

長い間お世話になりました。


今回応募した小説は来年の1月に発表になります。

まだまだ時間はかかりますが、

大賞を取ってお金持ちになる予定です。

その時は、以前に連れて行ってくれた温泉の同じ部屋、

1410号室に今度は私が連れて行きます。

イイ子で待っててね。


あと、冷蔵庫の中に入っていた生物なまものは、

どうせ食べないと思って処分したから。

明日からカップラーメン生活ってことで(笑)。


テーブルに置いてある6万円、

4カ月間で貯めたヘソクリだから返します。


あと、携帯電話はいつでも繋がるから、

何かあったら電話かメールちょうだいね。

こっちからも掛けるけど。


因みに私のパソコンのメールは現在繋がりません。

繋がり次第、お知らせ方々メールを送ります。


真理も今後、連絡ということは、ということで。

ダジャレも決まったので、じゃあ、そんなところで。

強い真理さま、愛しています。


敬具



真の彼氏の龍一でした。

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