第11話:作家未満同士

「作家になることは、考えた事があるんですよ。日本語の読み書きは出来るし、パソコンも持っているからね」


 冗談のつもりで、漠然とした思いを言葉にした。


「えっ、私も目指していたことあるのよ、全然駄目だったけど」


 驚きながらも、同調した。

 木戸龍一はもっと驚いた。


「えっ、専務も小説書くの? どんな作風? 何回応募したことあるの? どこに応募すればいいの?」


 木戸龍一は、ワイングラスを一気に空け、興奮し捲し立てた。それを見た清川真理も一気にワイングラスを開け、姿勢を正した。


「作風はもっぱら身辺雑記みたいな小説かな。カテゴリーで分けるなら、純文学になると思う。応募回数は、5~6回かな、大学生の時から、なんとなく書いて、書き上がったら応募する、そんな繰り返しなの。応募先は、純文学系の文藝誌だけだよ。ケータイ小説には応募しないわ。一応本格派? 志望だから。でも、木戸さんも作家を目指しているなんて、意外だったな」


「作家を目指しているっていうか、文藝誌で作品を募集しているのを見て、結構なお金貰えるし」


「私、小説は週に一冊くらいは読むけど、木戸さんはどんな小説を書こうと考えていたの? 何系?」


 清川真理はかなり興味があるのか、身を乗り出して聞いてくる。


「恋愛・冒険・歴史・ミステリー、何でも書くよ」


 少し得意になって答えた。


「じゃあ、木戸さんの恋愛小説が読みたいな」


 清川真理は子猫のような笑顔で微笑んだ。


「大賞受賞って難関ですかね? どう書けばいいのかさっぱり分かんないですよ。あれって何回でも応募出来るんでしょう?」


 今度は木戸龍一が聞く。


「私もいろいろ研究して書いているんだけど、棒にも箸にも引っかからないの。受賞作を読めば、こんな感じで書けばいいのね、と思ってまた書くんだけど、また駄目で……。でもそれは結局、私に才能がないだけで、木戸さんなら大丈夫だよ。あと応募のことだけど、同じ回の新人賞に複数の作品を応募したら駄目だったような気がする」


「応募の件は、何で複数送ったら駄目なの?」


 素朴な疑問だった。


「駄目って所ばかりじゃないと思うけど、駄目な所は、一番いいと思う作品を一本だけ送れ、ってことじゃないの」


「たくさん小説を書くと、どれが一番いい作品なのか分かんなくなるよ。全部一番いい作品に思えるからさ。選考委員の好みの問題もあると思うけどな……」


「その時点で、筆者は小説を読み解く力も、応募先が求めている作品も理解できないヤツだ、って判断されるんじゃないの?」


「そうなのかな……。ありがとうございます」


よく納得は出来なかったが、反発もなかった。何となくお礼を言い、ワインを一口飲んだ。


「で、木戸さんはどこに応募するの?」


 清川真理はどの話題よりも突っ込んで聞いてくる。


「そこまで選べる立場ではなくて。自分に合った賞に応募しようかと思っています。まだ全然書けていないけど……」


 目を逸らしてワインを注ぎ足した。


「じゃあ、自分に合った賞って、どんな賞?」


「書いた枚数が規定内に達していて、自分の想いを理解してくれそうな、そんな賞のところ……」


 木戸龍一は正直に答え、自虐的に笑った。


「木戸さんの想い、今度読ませてね」


 清川真理も笑った。

 

 テーブルの上は、フライドチキンやケーキなどの残り物で散らかっている。ワインも2本目を半分くらい空けた。

 清川真理は顔色一つ変えずに笑顔を振りまいている。

 

 木戸龍一は、久しぶりに飲むお酒に酔いが廻ってきたのか、顔が熱くなり、眠気も催してきた。もう帰ります、と言った。


「まだ午前零時も廻っていないのに、寂しい独身が何言っているの? クリスマスはこれからだよ、だらしないわね」


 さげすんだ口調とは裏腹に、笑顔で挑発してきた。


 キッチンまで歩き、蛇口を勢いよく廻した。冷水で顔を何度も冷やし、火照った顔を引き締め、グラスに入ったワインを一気に飲んだ。


 清川真理はシンバルを叩くお猿さん人形のように喜んだ。


 午前零時近くになると、カウントダウン乾杯をした。清川真理はステレオのリモコンを手に取り再生ボタンを押す。


 それからほんの数秒間、聖夜に相応しい森の静けさが漂った。

 清川真理がグラスの中のワインを哀れむようにずっと見詰めていたからだった。

 そして思い出したかのようにステレオから音楽が流れた。


 稲垣潤一の『クリスマスキャロルの頃には』だった。


 それからまったりと時間は過ぎて行った。

 


 午前2時近くになると、眠いからもう帰って、と目を真っ赤に充血させながら清川真理が言う。

 人を引き留めておいて何だ、私はまだまだ飲めるぞ、と思いながらも取引先の専務なので、


「もうこんな時間になったのですね、遅くまですみません」


 と。ハイヤーを呼んだ。

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