第10話:清川宅で宴

 清川真理の自宅は、コンビニからそう遠くない閑静な住宅街の角地にある。隣の家と比べてもかなり大きい一戸建てとして屹立していた。


 威圧感がある。


 木戸龍一は、ここに一人で暮らしている優雅な人生を詮索しながら、両手にレジ袋を抱えて玄関を入る。

 先に玄関を開けて待っていた清川真理は、自然な振る舞いで、散らかっているけど……、とリビングに案内した。


 白いクロスが真新しい、森林の芳香剤が幽かに漂うリビングだった。が、女性らしかはなかった。自分の部屋より散らかっているリビングを見たのは始めてだと、木戸龍一は驚いた。


 清川真理は、照れ笑いをしながら、ソファーに脱ぎ捨てられた服を慌てて片付け、座ることを促す。

 木戸龍一は、L字型のソファーの下座と思われる場所に腰を下ろした。


 リビングには新聞やチラシや雑誌が床に散乱していて、ゴミを入れたレジ袋も数箇所に転がっていた。テーブルの上には、いつ飲んだか分からないコーヒー牛乳の紙パックが飲み口を茶色に変色させながら置かれ、仕事の書類らしき数十枚の紙が、乱雑にテーブルを支配していた。

 木戸龍一は無意識に机の書類を纏めて、床の新聞とチラシと雑誌とゴミの入ったレジ袋を一箇所に纏めた。


 奥の部屋から、だぶだぶのジャージに着替え終わった清川真理が、グラスを片手に、空いているソファーに座った。気が利くのね、とコンビニで買ってきた物をテーブルに広げる。

 

 清川真理は、今日はクリスマスイブなので仕事を早く切り上げた。友人を誘ってどこかに行こうと思っても、家族や恋人と過ごすと言われた。一人で飲みに出るのも寂しい女と思われるので、ひっそりと、ささやかにクリスマス気分だけでも味わおうと思い、フライドチキンを買いに行ったのだと説明した。


「でも、木戸さんが独り身だとはしらなかったな……」


 清川真理はグラスにシャンパンを注いだ。


「私こそ専務に彼氏がいないなんて、考えられないですよ」


 注がれたシャンパングラスを受け取り、清川真理の、お互い様だね、とのセリフで乾杯をした。



 清川真理には、仕事中の硬い雰囲気はなかった。

 敬語とまではいかないにしてもタメ口という訳でもなく、木戸龍一が話すと、黙って頷きながら若干質問をし、黙り込むと清川真理が、返事を必要とする質問などの会話を始める。


 シャンパンを1本空け、ビールも数本手をつけた辺りになると、木戸龍一は、酔いも廻ったのか、聞かれてもいないのに、最近会社の業績が悪くて給料1割削られて、希望退職者も募集しているという話をした。


「……最大の原因は、山の中にマンションを建てたんだけど、夜景が全然見えないし、虫だらけで、最悪なんです。超不良物件ですよ」


 木戸龍一の舌は滑らかだった。


「ウチ、田舎に宅地造成したの。近くに公共交通機関なんてないし、店も学校もどこにあるの、っていうくらい不便なとこなの」


 清川真理も負けずに不良物件自慢をする。

 木戸龍一は接点が見つかったと笑い出した。新しいグラスにワインを注ぎ、また乾杯をした。


「深刻度はどれくらい?」


 訳も分からずに酸っぱいワインを飲んで、木戸龍一が聞いた。


 清川不動産も毎年業績が落ちていて、宅地開発した30区画が全然売れないと笑った。今いる従業員の雇用形態も、パートか派遣社員だと言った。


 30区画規模の宅地造成代金を頭の中で計算した。

 概算を弾く。

 すぐに清川不動産の方が深刻の度合いが深いと悟った木戸龍一は、愛想笑いを浮かべて頷くしかなかった。


 一瞬沈黙になったのが嫌だった。

 ワイングラスを手に取り、とりあえず一気に飲み干した。


「でも自分、常に転職考えているんですよ」


 一気飲みの勢いで話す。

 清川真理も対抗心を燃やして、同じく一気にワインを飲んだ。


「今の会社でもう少し頑張ってみたら?」

「多分、リストラの候補の一番目に挙がってると思う。最近毎日、禿げ頭の課長は、転職の話ばかりしてくるよ」


 清川真理は、2人の空いたグラスにワインを注いでいた手が、一瞬止まる。


「会社に居づらくなっているんだ……。けど転職して成功した人って、あまり聞かないわよね。給料は必ず下がるから。木戸さんの歳なら起業しかないと思う。私もいい商売があったら、新たに始めたいくらいなのよ。でも、起業しても失敗している人の方が多いからね……」


 溜息交じりに話す。


「起業も考えたんだけど、どんな商売をするにしても資金がなくて……、いろんな人から止められたんだ」


 清川真理は天井を見上げながら、元手の掛からない仕事を考えた。ふと思いついたように発言する。


「デザイナーとかは? 今の仕事柄、インテリアコーディネーターとか、カラーコーディネーターを目指すとか? 資本力はいらないよ、才能とセンスだよ」


「営業一筋13年でして、そんなセンスはありません」


「木戸さんの年齢を考えれば、中年向けメンズファッションデザイナーとかは? 服でなくても、靴とか、鞄とか、アクセサリーとか」


 清川真理は、目を大きくして、こんなにいいアイディアはないとばかりに、反応を伺う。子供の頃から絵が下手な木戸龍一は、ワインを一口飲んだ後に、首を横に数回振り、私には無理です、とグラスの中のワインを見つめた。


「専務が言う通り、才能を売るような文化人的な商売は、資本力も資格もいらないから、いろいろ検討しましたよ。でも、画家やデザイナーは、絵やイラストが画けなければいけないし、何よりセンスの問題がある。歌手や俳優や芸人といったタレントをもし目指したとしても、自分は歌も唄えなければ、演技も出来なければ、人前に出るのも恥ずかしいし、大体、芸のひとつもないんですよ」



 清川真理は黙って頷いて聞いている。


 一拍おいて話を続ける。




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